行き先は沖縄
この時期の沖縄
まさかとは思っていたけれど
今年は台風の当たり年
前日から台風接近のニュースのなか
とりあえずフライトは大丈夫だったので
沖縄へ向かいました
案の定
翌日
那覇は台風直撃💨
学校から早めに次の宿泊先に移動し、見学はキャンセルするとメールが来ました
結局1日ホテルに缶詰で
何をしたかと聞いたら
「沖縄弁のトムとジェリーのビデオを観た」
そうで「全然わからなかった」らしいのです
後の行程は予定通り行なわれ
無事に福岡へ到着
彼女は帰ってくるなり
「あーやっぱりうちのゴハンいいわ〜」
3日も食べたら飽きてしまったようで
やっぱり
母の味ってあるんだと思います
「男はメシで釣れ!」
の通り、男と子どもはメシで釣れるもんです
そんな彼女ですが
3年前
中国から日本へ戻り
地元の私立中学へ進学しました
女子校で幼稚園から高校まである学校だったので
中学から入る子は「外部」と呼ばれるらしく(高校に至っては極端に少ない)
馴染めるか心配でした
ところがいざ入学してみると
物珍しさからか、帰国子女だからか
すぐに友達もでき
楽しそうに学校へ行っていました
ところが半年ほど経つと彼女の様子が変なのです
毎朝血の気のない顔で起きてきて、帰ってきては夕方寝てしまう
当然夜中に宿題をして、深夜になり…
「眠れないの」
彼女は私にそう言いましたが、始めは
生活習慣が乱れているから早く寝なさい、の一点張り
泣きながら眠れない、というので
どうしていいかわからない私は近くの診療内科へ連れて行きました
診療内科では先生は私には本人が何を話したか教えてくれませんでした
それは本人と先生との信頼関係に基づいているからです
だから
きっと
私に言えない何か、がある
のだと思いました
私はひたすら待つしかなかったのです
彼女が話してくれることを
彼女は毎週その先生に話を聞いてもらいにいくようになりました
先生は眠れない、に対して薬を処方していました
確かにその薬を飲むと眠れるようでした
私は薬、に対して
正直賛成していません
あくまで最終手段であって
常用するには危険が伴うと思っています
先生は安全性、副作用について説明してくれましたが
わたしがその薬を飲んでみました
飲んでからの意識がなく、翌日の倦怠感がすごい
私は娘が薬に依存し始めていることに気づきました
私の知り合いのドクターにその話をしました
ドクターは薬による治療にかんして製薬会社から意見を求められるような方だったのでドクターのなかでも専門的な方でした
薬による治療の依存性についても
他では言えないこともたくさん教えていただきました
私にできることは
待つだけではない、待っていたら大変なことになる
まずは薬の量を減らすこと、を目標に動きました
そのころ
私は彼女に
乗馬に行かない?
と提案しました
5日間の集中レッスンで乗馬の基礎を学ぶというものです
以前内モンゴルに旅行に行ったとき
小さかった彼女が引き馬で乗っていた馬が突然走り出し、自分一人で馬に乗った興奮をずっと話していたからです
乗馬クラブは我が家から車で1時間くらいの場所にあるので
車の中で色々な話をします
クラスのこと、友人の事、恋愛感、昔の思い出、考え方、将来のこと、日常生活の疑問…
それはそれはたくさんのテーマについて話しました
そうして数週間が経ち
月に2度ほどの乗馬を続け
乗馬も上達し
馬達と触れ合うことで
いつしか
薬を飲まなくてもよくなりました
彼女に必要だったのは薬ではなく
私との時間が
必要だったのかな、と後になって思いました
今も乗馬を続けています
すっかり馬のことも詳しくなって
一人でバスや電車で行くこともできるようになったのですが
なるべく一緒に行くようにしています
共通の時間を共有すること
実は思春期になると
この時間を確保するのが難しくなります
適度に距離を置くのも大切
でも必要な時には
手を差し出す
でも必要かどうかは本人もわからないものです
だから気づいてあげること
一番近くにいる人が
私はあなたを見てるよ
あなたが大切だから
大人になるって
自分以外の人をいくら思ってあげれるか
なのかもしれません