彼は月に一度だけブログを書いています
(と娘から聞いた)
そのブログがめちゃ面白い!
という噂らしく
私もこっそり読んでみました
それは選挙について書いていました
投票所には老人と高校生ばかりだったこと
一番画数の少ない候補者の名前を書いたこと
高校生に選挙権があることへの是否を
面白おかしく
また本音を交えた辛辣な文章でした
思えば彼は小さい時から少し面白い子供でした
蛇を捕まえて上靴入れに入れて持って帰ったり(上靴は路上に捨てる)
帰ってこないと思ったら家の近くでトカゲを何匹も捕まえていたり
かと思ったら
灘中学の問題を解いたりする(私には全くわからないけれど)
でも学校の宿題は人生でほとんど出したことがなく、プリント類は一度ももらったことがありません
成績表まで紛失するし。
中国では、車に卵を投げつけてあやうく警察沙汰になりかけたり、よそのマンションの銅像を割ったり
でも中国というお国柄、友達もいろんな子がいたし、学校も日本に比べたら自由で特に校則などなかったので
ある意味自由すぎるくらいだったと思います
さて
その彼が帰国して選んだ学校は地元でも
有名な進学校でしたが
真面目な生徒が多く
成績も良い学生がたくさんいて
彼は今まで勉強しなくても授業がわかる、という人生を送って来たため(本人談)
勉強する習慣がなかったのです
当然勉強しなければ
ついていけるはずもなく
クラスで最下位という結果に
そんな彼でしたが
高校2年の最後に
「喫煙」で停学になりました
その頃の彼は人生に疲れているようでした
思春期独特のオトナに対する反感や疑問を
そんな型でしか表現できない年代
そしてその春
彼は突然家出してしまいました
「思うところがあって家を出ます」と書き置きして1週間音信不通に
私は泣きながら捜しました
結局彼は東京の友人の家に居候していました
一人で列車を乗り継いで、夜中についたのでファミレスで一夜を過ごしたこと
私は彼に言いました
「なかなかやるじゃないの!私をこんなに泣かせるなんて。」
彼はぽつりと答えました
「家出すると決めた夜、なぜか涙が出た。怖くなって。でもやるしかないと思っていた。ごめん」
彼は辛かったんだと思います
だから現実から逃げた
私はそれに気づいてあげられなかった
私にはいい顔をしたかった、けどできなかったんだと
私は彼にいい顔をするように求めていたのかもしれません
それ以来
私は彼を信じよう、と決めました
子育ては
最強の精神修行です
親は子供に親にしてもらうのだと思います
今の私があるのは
彼らのおかげで
私が望むのは
社会的な成功やお金持ちになることではなく
彼らが友人や家族に愛され、人生を楽しめること
に尽きます
今の世の中、人生を楽しむ、こと自体が難しい
小さかった彼が
自分の意見をきちんと文章にできること自体が感動です
そうそう
忘れていました
赤ちゃんは毎日できることが増えます
昨日立てなかったのに今日は突然立っている
それが嬉しかった
彼はもう一人で立って自分の人生を歩み始めたのですね
私は陰ながら見守るしか出番はなさそうです
寂しいような嬉しいような
ふとこの18年間が走馬灯のように駆け巡りました