朝日新聞WEB連載の西原理恵子さんの『自由であるために』という記事http://www.asakyu.com/column/?id=925
に強く心うたれた。
西原さんのお金に関する話は、何時もリアルな言葉で、時には自分の迷いをふっ飛ばしてくれるパワーがこもってるんだよね。
少々引用させていただく。
「(割愛)・・・・・
養ってもらう生活は時間の自由も、精神の自由も奪われるってことです。自由と責任は有料です。
仕事を持つというのは、老若男女誰にとっても、最後は毅然(きぜん)と自分の思う方向へ歩いていけることだと思う。・・・・・・
(割愛)
仕事ってリアルな目的を持ったものです。自分を食べさせ、家族を養い、貧しさからくる苦しみや怒りに縛られないで自由に生きていくためのもの。でも、その中にきちんと「できるようになっていく」楽しさや喜びが詰まっている。
(割愛)・・・・」
すごい説得力。ザクザク胸に突き刺さるよ。
本当に「お金がない」ということは、我慢が積もり積もって、些細なことが容易に怒りへと変換するスイッチになるのだ。
確か林真理子さんのご母堂も「貧しさは人を怒りっぽくする」というようなことをよくおっしゃったそうで、お金を稼ぐことの意義を語っていた。
「お金のこと」は本当に甘く見てはいけない。結局は尊厳にかかわること、自分自身を愛することに大きく関わるのだ。
私の父親という人は、有名一部上場企業の管理職で結構な年収があったにもかかわらず「自分で稼いだ金をお前らが使うのが惜しい」と平然と言ってのける人(だったら独身でいればいいのにね)。
だから家にはいつもお金がなくって険悪なムードで満ちていた。
そのせいもあって母親という人は、家事も育児も半ば放棄(ネグレクトとアビューズの複雑骨折ですよ)でいつも不平不満の中で生きている。
でも、絶対に外では働かず、不満をわが子にぶつけることで生きている時間を消化しているような日々。
惨めだな、と思う。苦しくとも養われることで人生をゆだねてしまった結果がこれだもん。
二人は大晦日も元旦もけんかしてたなぁ。
だから今、自分で稼いで自分の力で暮らしていけるのはスンゴイ幸せだし、自分を誇れる。
自分で築いた生活だから、意味なく罵られたり、殴られたりしないし。
ほんと、何処に行くか分からない船に乗って彷徨っているような惨めな思いをしていた子供の頃とおさらば出来てよかった。
それに、ありがたいことに仕事があって稼げるから、税金を払って国民の義務を果たし、お世話になった人にも感謝する余裕ももてる。
子供の頃に夢見た仕事ではないけど(十分に稼げないので転職しちまいました)、仕事をすることはお金を稼ぐだけでなく、自分を律して、自分を愛し続けるってことじゃない?
なによりも、ご褒美としてやりたいことが出来る可能性が生まれるし。
子供時代に映画や旅行といったことに触れる機会が極端に少なかったから、今はまるで取り戻すかのように「趣味人」なところあるしね。
嗚呼―!
でも、子供時代に十分、映画や音楽に親しんだ人は本当に幸福!だと思うよー。
年頃の女の子はおしゃれだってしたいし。
通学のための靴もカバンも服すらロクに買ってもらえないのは寂しいもんよ(何を着てもどうせ似合わないからだそうです)。
素敵な想い出・・・・・こればっかりはお金では買えないもんねぇ。
バカみたいに高い大学の学費を払ってもらったので(そこんとこは世間体優先の人たちで助かった)声高に偉そうなことは言えないけど、人に迷惑をかけずにマジメに過ごして、自分で手に入れた暮らしだから胸張って遊べる。別に家賃滞納してライブ行っているわけではなし。
仕事で挫折もあったし、大病もしたけど「人に甘えない」と思ったら、何とかなるもんよ。
子供は自分の境遇を選ぶことはできない。
でも、頑張ってサバイバルして、大人になれば自分の人生は自分でコントロールできる。
短絡的にキレて、生涯収入減らすようなまねはしちゃいかん(上司を殴りたくてもガマンガマン!)。
まずは稼ぐことが先決だ!
大人になってからの状況は、誰でもない自分で選んだ道の結果。
だから仕事は簡単に手放しちゃいけない(自戒もこめて)。
人を妬むのは簡単だけど、そのパワーを昇華させてレベルアップできるようにしたいもんですな。
いや、これも自戒をこめて。
「自分探しをさせる」とかいって、25ほどを過ぎたいい大人の子供を養ってあげている親を何人かしってるけど、結局その子の可能性や人生と対峙していくための自信や決意を奪っているんじゃなかろうか?
いやぁ、自分が甘やかされなかったから言ってるんじゃないよ(笑)。
