ひきこもった日々 | クライミング豆の木

ひきこもった日々

今となってはなつかしい、愛すべき不登校の日々について。


上山和樹 という人のblogを見ていてなんとなく思い出したもの。

私は小学校6年生の冬から、高校2年生くらいまで、

ひきこもりチックな生活を送っていた。

たぶん、ひきこもり、そのものではない。

ほんもののひきこもりが、家から一歩も外に出られない状態になるとしたら、たぶんそうでもないから。

昼夜はしっかり逆転し、ごはんを食べたら当時はやっていたフジテレビの深夜番組とか、

洋画を見まくって、あとは本を読んで、母親と喧嘩をして、一日を終えていた。

というか、母親と喧嘩をするのが私の一日の日課のようだった。

とにかくあれやこれやと干渉されるのが嫌で、ものすごい喧嘩になったのだ。

とはいえ、一ヶ月に一回くらいは中学・高校に通っていたし、

高校は中退したけど大学に行って、大学はちゃんと卒業した。

その後しばらくフリーター状態になってはいたが、いまはちゃんと就職したし、

まぁ、なんとか生活している。

好かれてはいないと思うが、すべての人とトラブルを起こすようなことはないし、

浪花節で隣人の肩をどかどか抱くようなことはできないが、

よろけている人には反射的に手を差し伸べられる。

あのころも、ひきこもりではなかったが、ひきこもりっぽかったことは間違いないな、と思う。


私は今でも、一人でも人前でも、わんわん、泣く時は泣く。

死んでしまったほうがいいと、たまに思う。なんで生きているのか理由がわからんと思う。

じゃー、これから、ひきこもるかというと、ひきこもらないんじゃないかなぁ、とも思う。

なんでかっちゅうと、私には社会的な立場(会社員とか、学生とか)が必要だと思っているし、

ひきこもっていたら今後の生活をどうしたらいいんだ、と思うからだ。

(多分、学生のころにいちど家を飛び出して、バイトしながら生活をしたことがプラスになってるんだろう)

父も母もトシだし、私はちゃんと働かねばならん。

だから私は、自殺するか、働くか、二つに一つではなかろうか。


人を評するに、弱いとか強いとか言う人がいる。

私は大体において弱い弱いといわれて、

(たまに弱さと強さが同居しているといわれるが)

なんだかバカにされたような気になる。


ぬー、いったい弱いことの何がいけないのであろうか。

とにかくナイーブであると言われる。繊細とか。

最近は、至中びくびくしている。

とはいえ一応、言わなきゃいけないことは言っている。

それが多分「強い」人たちの気にさらに障るのか。ふーん。

そうだとしたらなんかむかつく。

私は人のなかでグループを作ることに関しては弱いかもしれないが、孤独に対しては、

やむにやまれぬ事情で養成された耐性があると思われる。

つまり、孤立することに対する危機感が、それほどは無いのだ。

・・人の中でバランスよく孤独でいられることが平気になれば、

私は、私なりに社会に貢献することができるのではなかろうか。


自分としては、思い上がりかもしれないが、私は人並みに複雑というか多面的なキャラだと思っている。

小さいころのはなしはご法度かもしれないけど、とにかく自分がナイーブであるとすれば、

私は家族の前でそういう自分を常に隠して生きてきたのだと思う。

上山和樹 さんが言っているように、「いや、それは違う、本当は、こうじゃないか……」

と、脳裏にちらつくのであった。それを隠しててきとうな相槌を打つ。

泣く時はドアの影で泣き、家族パーティーの途中でいつもストレスで胃が痛くなり途中退席。

退席の理由はまさかストレスとはいえないから、眠いからとかなんとか理由をつけたもんだから、

小さいころ、親からはよくよく自分勝手と責められた。

親からだけではなく、大人になってからは、先生からも友達からも言われまくった。

自分勝手、っていうのはとてーも重要なキーワードではあるまいか。

つまり、自分の欲望を、他人と折り合いをつけるのがへたくそなのだ。

無理やりに、自分を覆い隠して生活すると、どこかでつかれきってしまって、

すっぱりと切ってしまう。たとえば高校中退、仕事をやめる、等。

・・・はじめてバイトを円満退社したのは大学を卒業した後だった。

円満退社というか、派遣のバイトで契約期間が切れたので退社。

それまでは、なんだかよくわからないうちにやめたり、やめる理由も無いのにやめたり、

トラブルを起こして退社、みたいな感じばっかりだった。

・・・その後2年バイトが続いたところがあって、

そこも円満とはいえないかもしれないが、正社員になるので、っていって退社して、

ついに正社員として就職した。26歳でした。

一年目はとにかく遅刻は多いし、ぼーっとしてるし、よく泣くし反抗するし、

上司も自分も、大変だったなと思う。

しかも、なんか知らないが、自分は頭がいいかどうか、可能性があるのかどうか、

仕事は速いか、適性があるか、そんなことばっかり気にしている。

自分でもその愚かさはうすうす感じていながら、変われないものは変われない。

ガンザー症候群みたいなボケ状態にありながら(人の言ってることがわからないとかね)、

やたらと自意識過剰で発言が多く、エリート意識の強い新人は当然周りと衝突するし、

あんまり愛されないのだろうけれど、そんなのわかってても自分の力で変えられないものである限り、

なるようにしかならない。

もとよりそのくらいの覚悟ならある。

就職して一年たつころには、私は自分がどうしてそんな目にあわなければいけないのか、

人が私だといっている人格がほんとうに私であるのか、

なにがなんだかまったくわからなくなっていた。ひどいストレスのもとにね。

それでよかったのかもしれないが。

てか、私は、それでよいんだと、思っているし思っていた。


私の物心ついてからの人生は、まるで、自分で自分を育てなおしているようだった。


そもそも、大学を卒業したら大学院にいこうと考えていたのだが、

なにかしっくりこなくて、フリーターになった。

今思えば、自分の興味に基づいた選択により大学院にいくのではなくて、

神経症的な理由、もっといえば、自分のアイデンティティの問題から大学院に進学しようとしていることに、

自分ががまんならなかったのだと思う。


ま、人生色々だよね。

ネガティブなところと、ポジティブなところと、両方あってよいのではないか。

明るい色だけの絵画もあれば、暗い色だけの絵画もあるし、

明るい色も暗い色もたくさんある絵画もある。


考えることは色々あるが、とりあえずいいや。