ユング先生とオカルトの世界 | クライミング豆の木

ユング先生とオカルトの世界

大学4年の頃、ユングの本をよんで、突然心理学にはまりだしたことがある。

ていうか、むしろオカルトとファンタジーの世界にはまったのだ。

私は(それまでもぼーっとしてたのだが)さらにボーっとし始め、

日々空想にふける日々が続いた。


そのころ大学の授業で、薔薇十字とかそんなもんをちょっとかじった(どんながっこうだ)のも、

興味を引いた原因かもしれないけど。


最近(っていってももう2ヶ月くらい前かな)

「フーコーの振り子」、というU・エーコの小説を読んだ。

物語は、「アカデミック」で、オープンな学識のもとにある編集者たちが、

「世の中で売れそう」なオカルト的な本を出版しようとしてオカルトの世界に関わりあううちに、

ミイラ取りがミイラになって、自分たちもオカルトな世界にひきずりこまれていく、という話だった。

けっこー、面白かった。

とにかくペダンティックな登場人物、特に主人公。

でも、登場する女性はなんとも魅力的な気がするが。

・・・彼らは、テンプル騎士団とか薔薇十字団の謎をおうのだが、

最初のアプローチと最後のほうの(ミイラと化した後)のアプローチがぜんぜんちがう。

コンテクストが病んでいる、てか神経症ぽくなっているのだ。

なんか誰にでもありそうな話しでもあるし。

・・・IBMは、なんたらかんたらの陰謀だ、ってとこで笑ってしまった。


何が言いたいのか。

キリスト教におけるオカルト的なもの(すなわち隠された物)は、

キリスト教により抑圧された人の心に隠された闇が流れ出したもの。

清廉潔白のみでは生きていけないわけだ。

人の心には、光りと闇があって、それが絶えず動き、バランスをとりながら生きている。

私には、道教の陰陽図は、その二つの交じり合った人間の心のバランスのありようを示しているように思われる。


だからなんだってものでもないけど、・・・それが、昔は大変なテーマだったのだ。


何が言いたいのか良くわかんなくなっちゃった。

まぁいいや。