※人はよく、脳だけじゃなく心臓にも記憶が残るというけど、

 そもそも魂は全て覚えている。

 たとえ記憶を無くしても

  幼少期からの習慣は、無意識に体を動かしてしまうものです。

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高校2年の春休み。

当時は別棟の2階の部屋を妹と2人で使っていて

テレビを見ていました。

 

「Bが来た!免許とったって」と

母が入口で叫ぶ声がした瞬間、

私の体はスッと立ち上がり、

急いで窓を開け庭の入り口を探した。

でも見当たらなくて

前の倉庫に車を停めて歩いてくるならと

窓から身を乗り出し、小道の方を探していると

Bが突然庭に現れた。

 

全身ダークカラーのカジュアルな服装に、

茶色く染めた髪。

春の陽だまりのように穏やかで、

とても温かいエネルギーを纏っていた。

 

私に気づき、軽く右手をあげ微笑む彼は、

とても魅力的な青年に成長していた。

 

いつも通り居間に行くなら母屋の入口で止まるはずだった。

でも別棟の2階にいる私を見つけてしまったせいで、

彼はそのままこっちへ向かってくる。

 

でも、もうダメだった。

記憶は消したはずなのに、

一瞬で全身に血が巡り、体が熱くなる。

 

え?この体の反応、、、?

あの人はただの従兄で、

よく知らない人だったはず?

あれ??違うの?

これはどういう??

 

コピーの私はパニックになった。

彼から目を逸らし、急いで窓から離れた。

何だこれ?どういう事??と

床に座り込み、頭の中で呼びかけ

記憶を必死で探した。

 

コピーは基本情報しかないからね。

いくら探しても無理なんですよ。

記憶を共有してもらわないと。

対応できない。

 

別棟は下が納屋になっていて

入口の側の地面がへこんでる箇所に敷いた砂利が、

あちこちに散らばっている。

人が近づくと音ですぐ分るんです。

そして扉の前で立ち止まった足音に、

私は固まり、息を殺して音を立てないようにした。

 

来た!

どうすればいいの?早く!!

これは私が出るのか?

いや〜私は無理!

ただの知らない男性だよ!!

照れてはぐらかすぐらいしかできないぞ?

どう対応するのが正解??

と、パニックで動けずにいると。

 

制服を着た子が、

お姉さん座りをしているイメージが現れた。

その子は伏し目がちで少し下を向いていた。

彼が時々体勢を変えながら待つ

その足音を静かに聞いていた。

 

コピーの私と意識が同化し始める。

 

どうして来たの?

どうして?

と意識が伝わってくる。

その子はじっと動かず待っていました。

彼に名前を呼ばれるのを、ただずっと下を向いて

悲しい顔をしたまま。

 

でも彼は呼ばなかった。

 

普通の親戚なら、戸口で私か妹をすぐ呼ぶのに、

「ん?何でだ?」とコピーの私は訳がわからず、

傍観していました。

 

2人共、ただ静かに相手が動くのを待っている。

 

でも、その子はちゃんと分っていたんです。

彼が呼べるはずもないことを。

 

物心ついた時からそう、

家に来た時はいつだって

私が彼を迎えに傍まで行っていた。

だから彼も自然と私を探した。

わかってます。

一番歳が近かったから、

私と一緒に遊んでくれただけ。

でも楽しい事ばかりじゃ無かったでしょ。

たまに4姉妹が集まれば

「うすのろのばか」で負けた彼を

皆で泣かしてしまうほどの酷さだった。

二度とあのゲームはやらなかった。

叔母さんが帰るまでの、ただの時間潰し。

Bが先に私を呼んだ事なんてあったっけ?

そもそも私の名前を呼ぶ必要はなかった。

呼ばなくたって、

私達は当たり前のようにすぐそばにいた。

 

でも、私の体が女になり始めるにつれ、

状況は悪化していった。

学校も安全じゃなくなってきて、

教室でもお構いなしに交代が起きた。

頭がボーっとする事が多くなり、

記憶がもたなくなっていく。

 

徐々に壊れ、荒れていく私を

母はただの反抗期だと周りに言い。

何も知らない姉達も皆、それを信じた。

最後なんて話も支離滅裂で、

気持ち悪かったでしょ。

無理して相手しなくて良かったのに。

 

あの後、

話すどころか目を合わせる事もできなくなって、

お風呂上がりに私が裸で出てしまったのが最後で、

来なくなった。

それはBの意志で、答えでしょ?

 

なのに何で?

何事も無かったように笑顔で、

また私のそばにくるの?

 

でも勘違いしちゃダメだ。

きっとこれは

ただの幼少期の習慣で、

5年ぶりに互いにうっかり発動してしまった

条件反射みたいなもの。

 

あの笑顔も、

ひと足早く社会に出た彼が身につけた

ただの社交辞令で、

別に私に会いにきた訳じゃない。

もう無理して私と話す必要ないんだ。

 

別棟の2階と母屋の入口は

2メートルぐらいで距離が近く、

台所の勝手口でもあった。

そうだ!台所にいる母を待って居るだけだ。

そう、彼は母に報告に来ただけなんだ。

勘違いしては駄目。

 

もう私とは関わりたくないでしょ。

それが普通だし、

それでいいんだ。

 

でももし必要なら、私の名を呼べばいい。

すぐそばにいる。

 

挨拶を無視し、

部屋から出てこない女子高生を

呼べる男がどれくらい居るかは知らないが。

 

5分くらい経っただろうか。

母が台所から出てきた。

その場所で少し立ち話をした後

Bはすぐ帰ってしまった。

 

共有が切れた私は、

スッと何事も無かったように立ち上がり

妹の隣に座り、またテレビを見初めた。

 

この記憶の扉がパタンと閉まり、遠ざかる。

その後も、年末とか

叔母さんのお使いで何度か来ていたようだった。

でももう二度と私の体は動かなかったし、

彼を見なかったおかげで記憶も戻らなかった。

他の来客同様、

彼が来ている間は2階で静かにしていた。

ただ、彼の足音や声を何となく聞いている子が

心の奥に居た。

 

彼は別の市に住んでいて、山の方なんです。

だから用事が無いと来ない。

駅とか、近くのショッピングモールとかに遊びに行くのがメインで、

そのついでに、ちょっと報告に寄っただけでしょう。

 

でもこれで

彼は自由にどこへでも、一人で行けるようになった。

私はあと一年、家を出るその日まで頑張ろうと気合を入れた。

記憶はなくても、ちゃんと心の支えにしていた。

無意識の習慣ってすごいですよね。

本当どうしようもない。

 

彼はいつも先に行ってしまって、

どんなに頑張っても私は追いつけない。

会えなくなってからもそうでした。

私には到底耐えられない経験をし、

それは彼の人生を変えてしまった。

 

無数の痛みが傷となり、

彼はまた人より早く大人になっていく。

優しい笑顔の奥に潜むその影は、

歳を重ねるごとに濃さを増していった。

それは彼の純粋なエネルギーと混じり合い、

時折ゆらゆらと揺らめいては

妖艶な色気となり、甘い魅力的を放っていた。

 

どんなに記憶を消してもムダだった。

あの目を見てしまえば、

私の全ては一瞬で壊される。

コピーなんて使いものにならない。

どうせすぐ見透かされる。

彼は私のオリジナルを呼び出せる唯一の人だった。

 

正直、今の私は彼に会うのが怖いんです。

彼は同じ一族の人間で、オリジナルを知る人です。

その気になれば私を壊す事だってできる。

 

最後に話した日のこと、

本当はどこまで覚えてる?

どこまで気づいた?

 

まだ少年だった彼が

もし全部覚えていたとしても

理解できるはずがない。

でももし、

当時の私に何が起きていたか

Bの母親が話したとしたら?

 

2024年冬

30年経って、ようやく私は思い出した。

 

あの日、

まだ小学6年生だったオリジナルが

回避したはずの未来

 

それは夢のように最高に幸せで、

残酷な現実だった。

当時、人格交代が頻繁に起きていた私は

必要とされる人格を作り出す事ができた。


でも作りたての子達がオリジナルとして長時間

表に出続けるのはしんどい。

交代で役を演じているようなものだから。

そして嫌な時はスイッチを切り逃げる。

だから嵐の時は結局いつも同じ子が出され、

その恐怖に耐えることになる。


記憶の統合(インナーチャイルドの癒し)は

「金継ぎ」のようなもの

Bが心に触れた時、

バラバラになったカケラ(人格、傷口)を

金(Bのヒーリング)で繋いでしまったせいか

それぞれの人格に、Bの記憶が残っていた。

あの日、何があったか何度も記憶を思い出し、

新たに出てきた感情をひとつずつ受け入れる

同じ日の出来事なのに、

徐々に複数の違う記憶と感情がでてきました。

男女の友情、家族愛、そうじゃない子もいた。


※

会えなくなってまもなく

Bのお父さんがひき逃げで捕まり、

「裁判が始まる!」と

不安がっておばさんがよく家に来ていました。

当時はまだドライブレコーダーが無く、目撃者の証言が頼りでした。

叔母さんは

「見つかった!証言してくれるって!」

と直前に電話で喜んでいました。

(確か「証言します」と訪ねてきたはず)

でも裁判当日

その証人は「信号は赤だった」と違う証言をした。

おじさんの刑期がどれくらいだったのか

覚えていません。

もう記憶がなくなっていたから、興味もなかったんです。


不安がる叔母さんを見るたび

私はBの心配をしていました。

彼は大丈夫だろうか?

今、何を考えているだろう?

こんな大事な時に傍にいて支えられないなんて

と無力感を感じながら

彼が来るのをずっと待っていました。

でも来なかった。


そして気づいたんです。

この一大事に来なかったということは

やはり彼の意志で「来ない」と選択したのだろうと。


それはつまり

私ではダメだったということ

Bの人生に私はもう必要ない。

友達でも良き理解者でもなかった。

私達は互いの心に触れる事ができた。

それは幼い頃から築き上げた絶対的な信頼があるからで、その絆は揺るがないと思っていた。

でも幻想だった。

もう会えなくても構わない

ただの従兄弟として距離をおくことに決めたんだと。


私は完全に自信を無くしてしまった。

そして

いつ来るかも分からない音信不通の彼を

ひたすら待ち続ける人生を終わらせることにした。


Bがそれを望んだと思ったから

彼を慕う人格は、私達の未来に必要ない。

それが母や叔母、みんなの望みだったから。


私はBにまつわる記憶と感情を切り離し、

暗闇に閉じ込め全てを消した。


あの子達は悲しんでて使いものにならないから、

Bを知らない子が必要だった。

この先を生き抜くために


大丈夫、私は当初の予定どうり

B以外の男性を受け入れて生きていく。

今度は自分の意思で受け入れていかないといけない。

大丈夫、襲われるわけじゃない。

騒ぐな!と殴られる事もない。


でも心にBの温もりが残ったまま

他の男に体を搾取されるのは生き地獄でしょ?

襲われる恐怖と絶望、体の痛み、あの寒さも

何も知らない子が必要だった。

まだ身近にいた。

彼等に知られるわけにはいかなかった。


だから

記憶を失くしたことさえ忘れた子を作った。

自分を守るために。


私は上手くやったつもりだった。

まず手放せ!

そうしないと新しい物が入る隙間が無いというでしょ?

本当にその通りになった。

幼馴染の従兄弟との思い出は相当な量だった。

おかげで私は空き缶みたいに空っぽになったけど

特有の強さが欠け、他人がつけ込む隙ができた。

その空白を、今まで沢山の人や物で埋めてきた。


私にとって時間は薬じゃない。

記憶の学びは浦島太郎のようなもの

扉からやっと出たと思ったら

何十年も過ぎていたりする。

でも絶望だけじゃない。

夢にみた幸せな家庭を叶えていた。

夫も子供もいて

本当に完璧すぎるくらいだ。


でも同時に記憶を無くした子も

過去に起きた現実を受け入れ、

今度は逃げずにちゃんと向き合わなきゃいけない。


※


私はBの記憶を他にも消していた。


会えなくなってから5年が過ぎた春の日

青年になったBが、たった1人で会いにきた。


でも記憶を消した私には、その意味が分からなかった。


あの頃の私は

自分が女性の体になるのがすごく嫌で
子供のままでいたい、性の対象として見られたくないと思っていました。

 

でも体はどんどん大人に近づいてしまって、

クラスメイトに胸を鷲掴みにされたり、

父が母と間違えて炬燵の中で下半身を触ってくる事もありました。

下着の中に指が入ってきて流石にヤバイいと思って「え?」と皆にわかるようにわざと声を出し、冷ややかな目で父を見ると

「母さんと間違えた」と笑い、

普段からスキンシップが多い父なので、

私の奥隣に座っていた母もすぐ察して笑っていました。

叔父達もショートパンツを履いている私の太モモを、ゆっくりと触れてきた事がありました。

叔父の1人は母や姉のお尻も触る人で

私がピアノを弾いている時に突然横に座ってきてニヤニヤしながら、

末っ子の叔父は車の中で葛藤するように怖い顔で、

触り続ける間、私は叔父を冷めた目で睨んでいるのですが、

痴漢中の男は欲望が先にたつのか

2人とも気づかず、満足するまで?

いや欲望が抑えられるまで?触っていました。

子供だからこれくらい大丈夫だと思ったんでしょうが、

あぁ、コイツらもダメか

と私の中で要注意人物になりました。


※

小学校6年生になり

もうダメなのはわかっていたのに

私はまだ子供だから!と主張し、

お風呂上がりもわざと着替えを持たず、
そしてバスタオルもちゃんと巻かず

軽く手に持つだけで、

着替えがある部屋まで裸のまま取りにいっていました。


ある日の夕方、

お風呂から出てリビングを開けようとすると

話し声が聞こえた気がしました。
「あれ?おばさん来てるのか?」と思いましたが

シンッと静まったので、
気のせいかな?こんな時間に来ないよね?と思い、
とりあえず30センチぐらい開けてみると
「着替え持って行きなさいって、いつも言ってるじゃない!」

と襖の左側に座っていた母が呆れてこっちを見ました。
「はぁ」めんどくさいと思った瞬間、

「あちゃぁ~!女の子が裸で出てきて!」と驚いたおばさんの声もしました。
「まさか!?」と思っておばさんの右隣を見ると

耳まで真っ赤になったBが、顔をそらしました。

祖父はいつもの事なので、気にしていません。
流石に気まずかった私は襖を閉め、

遠回りして服のある部屋まで行き、
また遠回りをして自分の部屋に閉じこもったまま、リビングには行きませんでした。
私が迂回したのは、音で皆気づいています。


Bは兄のような存在でもあったし

別に裸を見られても構わないと思っていた。

だから裸を見られて恥ずかしいというより、

Bでさえ私を女として完全に意識してしまうほど、体が成長してしまっていることが辛かった。


もう子供ではいられない。

私はもう逃げられない、ダメなんだ。

その時がきてしまったのかとやっと諦めがつき、

その日を境に、もう女性の体になる事を受け入れました。


今思えば、私のデリカシーのない行動が問題だったのでしょう。

次からBは来なくなり、おばさんだけになりました。
母が「おばさんが来たよ!」と

リビングから出てきたので、
私は隣の部屋にあるリビングに行こうと

自分の部屋の椅子から立ち上がろうとすると
それを静止するように

「Bは来てない!」と母が言い放ち、台所に消えました。
 

それがおばさんの意向か、Bの意志かはわかりませんでした。

でも、ずっと会っていないBの姉(E)と同じように、

中学生になっていたBも

大きくなってしまったから

Bの意志で来なくなったんだと私は思いました。


当時の小中学生は携帯を持ってないのが普通で

お互い個人的な連絡はとれない。

私が携帯を持ったのは上京後、大学生の時でした。


Bの家は車が無いと行けない場所にあり

Bの父が人を家にあげるのを嫌がるようで

私の母や父が行っても

おばさんは絶対に人を家にあげませんでした。

DVでも受けているのか、おばさんはBの父を怖がっていた。

私も祖父と一度だけBの家に行った事があるのですが

「お前は車で待っとけ」と言われたままで、

誰にも会うことなく、すぐに帰りました。

私はBの家を正確には覚えておらず、

会いに行く事は不可能でした。

Bが家に来るのを待つしかなかったんです。

Eと同じなら葬儀にしか来ない。

それが何十年単位とは思っていなかったけど

数年単位だとは分かっていた。

上京するまでに1度会えるかどうかも分からないレベルになったという事。


Bにはもう会えない。

Bを完全に失ったと気づいた私は、

強いショックを受けました。

(おそらくこの時、記憶のブロックが起こり始めた。)


生まれた時から当たり前にそばに居る人だったから
この先もずっとずっと

私の人生から消える事はないと思っていました。


大人になってもずっと

この縁が切れる事はないと


こんな一瞬で関係が崩れるとは思わなかった。

まだ子供だった私は、
彼はただの従兄弟で、
恋愛対象ではないと証明したかったんです。

それができれば、また会わせてもらえると本気で思っていました。

私が慕うほど母はBに冷たくなるから、

一生懸命Bに興味がないフリをしました。

私のその嘘が、Bを守る事にもなると思ったから。

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「ブルース・モーエンメソッド」で

過去生を見た時、
今世の父は、私が持ち越した課題のメンバーで、

過去世で悪役を演じていた人でした。

(私達の村を襲った人)

そしてBは、その過去生で私の父親でした。
幼少期の記憶が戻った私が衝動的に行動し、

最悪の結果にならないように、
今度こそ課題をクリアできるようにと

皆が今世で再びそれぞれの配置につき、

役割りを演じているだけだと気づきました。

※故ドロレスキャノンさんが言っていた事を

 やっと理解しました。


私が精神的になぜか安定していたのは、

記憶を無くしてもなお、

Bを心の支えにしていたからでした。

でも、それが誰かずっと思い出せなかった。

 

たった1人でいいんです。

心をゆるせる人がいれば、

それは秘密じゃなくなる。

もう1人で耐えなくていい

この世界に理解者がいることが

どれだけあたたかく、心強かったか。

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でもこの時、異変が起きました。


お互い笑い合った後だと思うのですが、
Bは突然何かに気づき、

とても驚いた顔で私を見ました。
そしてそのまま何か考え始めました。
 

私を見たまま全く目をそらさないので、
私は何が起こったかわからず、

一旦、視線をそらして考えました。


そしてまたBの目を見ると
険しさの中に悲しさが混じったような

訴えかける表情から無表情に近い顔になり、

それでもずっと私を見続けていました。

 

Bの表情を見て、

それが私に関する何か良くない事だとわかりました。
だからBは葛藤し、

言葉にできず私を見ているのだと。

 

 ※

当時の私は短時間でも交代が起きていたので、
Bに何か言ってしまったのか?

Bに触れてしまったのか?

これは絶対違うと思いますが、

あの部屋に何か証拠でも残っていたのか?

それとも、、

 

当時のBは私の夢遊病(夜間徘徊)を知っていたかもしれないですが、

記憶障害は知らないはずです。

 

ただ大人になれば、

身内に何があったかなんて

なんとなく検討がつくかもしれませんね。

※

 

Bのあんな表情は初めてで、

あんなに長く見つめられた事もなかったので

私は戸惑いました。

そして耐えきれず、

Bから再び目をそらしてしまった。
そんな私を見て

Bは悲しそうに目をそらし、

そのまま塞ぎこむようにうつ向き、

黙り込んでしまった。


それから長い沈黙が始まりました。
私はBのそばに座り

話してくれるのを待っていました。
こんな時でも私は

「Bといると沈黙も嫌じゃないなぁ」と

改めて思っていました。

 

5分ぐらい経っただろうか、

もっと早かったかもしれない。

 

「二人とも何してるの!こっち来なさい!」

突然、母の怒鳴り声がしました。
私は立ち上がり

「いや何もしてないし」と襖をあけると、
母とおばさんが並んで襖の前に座っていました。
(おばさんはいつも玄関側に座っていて母の隣に座る事はない)
あぁ二人はずっと

ここで私とBの話を毎回聞いていたんだ。

と気づきました。
「いいから早くこっちに来なさい!」と母がいうと、

Bは無言のまま部屋から出てきて

リビングに座りました。
Bが何も言わないので、

私は「いや、何もしてないし!」と再び反論し

皆を見ました。
でも母は「いいから!」と、

リビングに座るように促しました。


Bは私に指一本触れていない。

いつも悲しいくらいちゃんと

私にうっかり触れないよう

絶妙な距離を保っていました。

私は母にそれを証明したかったけれど

その方法が分かりませんでした。

 

男女の友情がアリかナシか問題ですからね。

今はもう不可能だと分かります。

母はもちろんナシの人ですから。

 

それからBが来ても

もう一緒に遊ぶ事も、話すことすらなくりました。
お互いリビングで離れて座わり、

おばさん達の話を聞くだけでした。
うっかり視線を合わせてしまった時があったのですが、

Bは慌てて私の母を見て、

母に目で牽制されると、

うつ向いてしまいました。
それをおばさんも見ていますが、

何事もなかったように笑いながら話は進んでいきました。
私は母がこれ以上Bに危害を加えないように、

Bを見ないようにして話を聞くようになりました。
気まずい時間だったはずなのに、

なぜかBはその後も来続けていました。
(帰りに駅で買いたいものでもあったのか?)
そしてBが来た時は私も必ずリビングに行き、

離れて座っていました。

 

警察に電話しても

「何やってんのよ!」と電話を切られ

怒られる事もあるでしょう。

身内の恥を晒すなと


そうか

あなたは私でなく

自分の保身と彼等の未来の方が大事なんだ。

これが正義?いや常識か

また鎖が体をグルグル締め上げていく。

当時の警察はまだ民事不介入で

大声で助けを呼んでも誰も助けてくれない。


最初から全部ムダなんだと諦め、

助ける事も、SOSを出すこともない。

いつしか泣いて助けを求めていた子は消え

何をされても抵抗せず、

心のスイッチを切り

嵐が過ぎるのをじっと耐える子に変わる。

本当の感情を押し殺し、動じない子になる。


抑えこんだ悲しみが

静かに心の奥底に積もってゆく

町を出るまで18年、耐えられるはずだった。


※

当時まだ中1だったBは、

身内だからか?

ただ耐性が強いのか?

おそろしく聞き上手なのか?

何でも無い事みたいにサラっと聞けてしまう人でした。
だから本当に楽に話せる人でした。

当時の私は、そんなBがどれだけ特別だったか

全く分かっていませんでした。

 

普段は月1ぐらいなのに
あの時は、なぜか2週連続でBとおばさんが来ました。
私はすごく嬉しかったのを覚えています。

そしてあの日もいつものように

私の部屋でずっと話ていました。
居間のすぐ隣で、

そこは台所に行く通り道にもなるし

締め切る事もできる部屋でした。

Bが襖を閉めた瞬間、

また2人きりで話せると嬉しかった。


鍵はもちろん無いし、

6畳ぐらいの細長い部屋で

ベッドと勉強机と棚ぐらいだったので
ベッドをソファー代わりに話していました。
 

今思えば、あの時の私は記憶が不安定で

混乱が酷く、

一人称「ボク」をよく使っていました。

(男だったら解決する思ってたんでしょうね。

性被害に合わず、Bとも友達として居られる)

体の発育と比例するように

周りの子が恋愛に目覚めて

男女の区別が更に大きくなって、

男子がただの友達として遊べなくなっていく。

それが本当に煩わしくて面倒でした。

生理の話など含めて、

家族や友達にも話さない本音を全て、

Bにだけ話していました。

 

何を話しても動じないし、

弱さを見せても私を責めたり怒ったりしない。

同情はもちろん、一緒に闇堕ちしたり

不幸マウントを取る事もなく

慰めだと体に触れごまかしたり

欲望をぶつけてくる事もない。

ただずっと傍にいて優しく受け止め

時に共感し、笑い合い

私がまた立ち上がれるように

そっと心に寄り添ってくれる。

それがとても嬉しかった。


お互い助けられないのはわかっていた。

Bなら私が抱える苦しみが分かると思っていた。

彼なら話しても大丈夫、

何を話しても引いたりしないし、

他言しないと信頼していた。

私はあの日、彼にSOSを出していた。

 

Bに顔をそむけたまま少し下を向き

ベッドのシーツをゆっくり撫でながら

「父さんが、、、辛くて、」

と一言だけ、それがやっとだった。


お互い親戚だし、Bは家に来てたから

生活環境はもちろん、

私の家族の特性をよく知っていた。

Bがくれた言葉は本当の共感で、

彼だからこそ言えるものだった。

 

そのとき心を縛っていた鎖が一気に解け、
全身の力が抜けて、

ホッとしたような深い安心感に包まれました。


Bは私に指一本触れる事なく鎖を壊し、

心の奥深くまでヒーリングしてしまった。


私はあの時、

Bが居てくれる事に救われたんです。

1人じゃない。

高校まで、ここを出るまで頑張ろう。

笑顔をつくり、涙がこぼれないよう上を向いた。


常識なんて通用しない世界

どんな理不尽も平気なフリをして

耐え抜かなければならない

でもBと一緒なら大丈夫、もう怖くないと。


人生最悪の時、

時間が許す限りずっと私の側にいて、

笑顔で痛みを分かち合う事ができる

本当に頼もしい人だった。


あの時、Bを見ながら思ったんです。


「やっとみつけた」と。