※人はよく、脳だけじゃなく心臓にも記憶が残るというけど、
そもそも魂は全て覚えている。
たとえ記憶を無くしても
幼少期からの習慣は、無意識に体を動かしてしまうものです。
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高校2年の春休み。
当時は別棟の2階の部屋を妹と2人で使っていて
テレビを見ていました。
「Bが来た!免許とったって」と
母が入口で叫ぶ声がした瞬間、
私の体はスッと立ち上がり、
急いで窓を開け庭の入り口を探した。
でも見当たらなくて
前の倉庫に車を停めて歩いてくるならと
窓から身を乗り出し、小道の方を探していると
Bが突然庭に現れた。
全身ダークカラーのカジュアルな服装に、
茶色く染めた髪。
春の陽だまりのように穏やかで、
とても温かいエネルギーを纏っていた。
私に気づき、軽く右手をあげ微笑む彼は、
とても魅力的な青年に成長していた。
いつも通り居間に行くなら母屋の入口で止まるはずだった。
でも別棟の2階にいる私を見つけてしまったせいで、
彼はそのままこっちへ向かってくる。
でも、もうダメだった。
記憶は消したはずなのに、
一瞬で全身に血が巡り、体が熱くなる。
え?この体の反応、、、?
あの人はただの従兄で、
よく知らない人だったはず?
あれ??違うの?
これはどういう??
コピーの私はパニックになった。
彼から目を逸らし、急いで窓から離れた。
何だこれ?どういう事??と
床に座り込み、頭の中で呼びかけ
記憶を必死で探した。
コピーは基本情報しかないからね。
いくら探しても無理なんですよ。
記憶を共有してもらわないと。
対応できない。
別棟は下が納屋になっていて
入口の側の地面がへこんでる箇所に敷いた砂利が、
あちこちに散らばっている。
人が近づくと音ですぐ分るんです。
そして扉の前で立ち止まった足音に、
私は固まり、息を殺して音を立てないようにした。
来た!
どうすればいいの?早く!!
これは私が出るのか?
いや〜私は無理!
ただの知らない男性だよ!!
照れてはぐらかすぐらいしかできないぞ?
どう対応するのが正解??
と、パニックで動けずにいると。
制服を着た子が、
お姉さん座りをしているイメージが現れた。
その子は伏し目がちで少し下を向いていた。
彼が時々体勢を変えながら待つ
その足音を静かに聞いていた。
コピーの私と意識が同化し始める。
どうして来たの?
どうして?
と意識が伝わってくる。
その子はじっと動かず待っていました。
彼に名前を呼ばれるのを、ただずっと下を向いて
悲しい顔をしたまま。
でも彼は呼ばなかった。
普通の親戚なら、戸口で私か妹をすぐ呼ぶのに、
「ん?何でだ?」とコピーの私は訳がわからず、
傍観していました。
2人共、ただ静かに相手が動くのを待っている。
でも、その子はちゃんと分っていたんです。
彼が呼べるはずもないことを。
物心ついた時からそう、
家に来た時はいつだって
私が彼を迎えに傍まで行っていた。
だから彼も自然と私を探した。
わかってます。
一番歳が近かったから、
私と一緒に遊んでくれただけ。
でも楽しい事ばかりじゃ無かったでしょ。
たまに4姉妹が集まれば
「うすのろのばか」で負けた彼を
皆で泣かしてしまうほどの酷さだった。
二度とあのゲームはやらなかった。
叔母さんが帰るまでの、ただの時間潰し。
Bが先に私を呼んだ事なんてあったっけ?
そもそも私の名前を呼ぶ必要はなかった。
呼ばなくたって、
私達は当たり前のようにすぐそばにいた。
でも、私の体が女になり始めるにつれ、
状況は悪化していった。
学校も安全じゃなくなってきて、
教室でもお構いなしに交代が起きた。
頭がボーっとする事が多くなり、
記憶がもたなくなっていく。
徐々に壊れ、荒れていく私を
母はただの反抗期だと周りに言い。
何も知らない姉達も皆、それを信じた。
最後なんて話も支離滅裂で、
気持ち悪かったでしょ。
無理して相手しなくて良かったのに。
あの後、
話すどころか目を合わせる事もできなくなって、
お風呂上がりに私が裸で出てしまったのが最後で、
来なくなった。
それはBの意志で、答えでしょ?
なのに何で?
何事も無かったように笑顔で、
また私のそばにくるの?
でも勘違いしちゃダメだ。
きっとこれは
ただの幼少期の習慣で、
5年ぶりに互いにうっかり発動してしまった
条件反射みたいなもの。
あの笑顔も、
ひと足早く社会に出た彼が身につけた
ただの社交辞令で、
別に私に会いにきた訳じゃない。
もう無理して私と話す必要ないんだ。
別棟の2階と母屋の入口は
2メートルぐらいで距離が近く、
台所の勝手口でもあった。
そうだ!台所にいる母を待って居るだけだ。
そう、彼は母に報告に来ただけなんだ。
勘違いしては駄目。
もう私とは関わりたくないでしょ。
それが普通だし、
それでいいんだ。
でももし必要なら、私の名を呼べばいい。
すぐそばにいる。
挨拶を無視し、
部屋から出てこない女子高生を
呼べる男がどれくらい居るかは知らないが。
5分くらい経っただろうか。
母が台所から出てきた。
その場所で少し立ち話をした後
Bはすぐ帰ってしまった。
共有が切れた私は、
スッと何事も無かったように立ち上がり
妹の隣に座り、またテレビを見初めた。
この記憶の扉がパタンと閉まり、遠ざかる。
その後も、年末とか
叔母さんのお使いで何度か来ていたようだった。
でももう二度と私の体は動かなかったし、
彼を見なかったおかげで記憶も戻らなかった。
他の来客同様、
彼が来ている間は2階で静かにしていた。
ただ、彼の足音や声を何となく聞いている子が
心の奥に居た。
彼は別の市に住んでいて、山の方なんです。
だから用事が無いと来ない。
駅とか、近くのショッピングモールとかに遊びに行くのがメインで、
そのついでに、ちょっと報告に寄っただけでしょう。
でもこれで
彼は自由にどこへでも、一人で行けるようになった。
私はあと一年、家を出るその日まで頑張ろうと気合を入れた。
記憶はなくても、ちゃんと心の支えにしていた。
無意識の習慣ってすごいですよね。
本当どうしようもない。
彼はいつも先に行ってしまって、
どんなに頑張っても私は追いつけない。
会えなくなってからもそうでした。
私には到底耐えられない経験をし、
それは彼の人生を変えてしまった。
無数の痛みが傷となり、
彼はまた人より早く大人になっていく。
優しい笑顔の奥に潜むその影は、
歳を重ねるごとに濃さを増していった。
それは彼の純粋なエネルギーと混じり合い、
時折ゆらゆらと揺らめいては
妖艶な色気となり、甘い魅力的を放っていた。
どんなに記憶を消してもムダだった。
あの目を見てしまえば、
私の全ては一瞬で壊される。
コピーなんて使いものにならない。
どうせすぐ見透かされる。
彼は私のオリジナルを呼び出せる唯一の人だった。
正直、今の私は彼に会うのが怖いんです。
彼は同じ一族の人間で、オリジナルを知る人です。
その気になれば私を壊す事だってできる。
最後に話した日のこと、
本当はどこまで覚えてる?
どこまで気づいた?
まだ少年だった彼が
もし全部覚えていたとしても
理解できるはずがない。
でももし、
当時の私に何が起きていたか
Bの母親が話したとしたら?
2024年冬
30年経って、ようやく私は思い出した。
あの日、
まだ小学6年生だったオリジナルが
回避したはずの未来
それは夢のように最高に幸せで、
残酷な現実だった。