当時、人格交代が頻繁に起きていた私は

必要とされる人格を作り出す事ができた。


でも作りたての子達がオリジナルとして長時間

表に出続けるのはしんどい。

交代で役を演じているようなものだから。

そして嫌な時はスイッチを切り逃げる。

だから嵐の時は結局いつも同じ子が出され、

その恐怖に耐えることになる。


記憶の統合(インナーチャイルドの癒し)は

「金継ぎ」のようなもの

Bが心に触れた時、

バラバラになったカケラ(人格、傷口)を

金(Bのヒーリング)で繋いでしまったせいか

それぞれの人格に、Bの記憶が残っていた。

あの日、何があったか何度も記憶を思い出し、

新たに出てきた感情をひとつずつ受け入れる

同じ日の出来事なのに、

徐々に複数の違う記憶と感情がでてきました。

男女の友情、家族愛、そうじゃない子もいた。


会えなくなってまもなく

Bのお父さんがひき逃げで捕まり、

「裁判が始まる!」と

不安がっておばさんがよく家に来ていました。

当時はまだドライブレコーダーが無く、目撃者の証言が頼りでした。

叔母さんは

「見つかった!証言してくれるって!」

と直前に電話で喜んでいました。

(確か「証言します」と訪ねてきたはず)

でも裁判当日

その証人は「信号は赤だった」と違う証言をした。

おじさんの刑期がどれくらいだったのか

覚えていません。

もう記憶がなくなっていたから、興味もなかったんです。


不安がる叔母さんを見るたび

私はBの心配をしていました。

彼は大丈夫だろうか?

今、何を考えているだろう?

こんな大事な時に傍にいて支えられないなんて

と無力感を感じながら

彼が来るのをずっと待っていました。

でも来なかった。


そして気づいたんです。

この一大事に来なかったということは

やはり彼の意志で「来ない」と選択したのだろうと。


それはつまり

私ではダメだったということ

Bの人生に私はもう必要ない。

友達でも良き理解者でもなかった。

私達は互いの心に触れる事ができた。

それは幼い頃から築き上げた絶対的な信頼があるからで、その絆は揺るがないと思っていた。

でも幻想だった。

もう会えなくても構わない

ただの従兄弟として距離をおくことに決めたんだと。


私は完全に自信を無くしてしまった。

そして

いつ来るかも分からない音信不通の彼を

ひたすら待ち続ける人生を終わらせることにした。


Bがそれを望んだと思ったから

彼を慕う人格は、私達の未来に必要ない。

それが母や叔母、みんなの望みだったから。


私はBにまつわる記憶と感情を切り離し、

暗闇に閉じ込め全てを消した。


あの子達は悲しんでて使いものにならないから、

Bを知らない子が必要だった。

この先を生き抜くために


大丈夫、私は当初の予定どうり

B以外の男性を受け入れて生きていく。

今度は自分の意思で受け入れていかないといけない。

大丈夫、襲われるわけじゃない。

騒ぐな!と殴られる事もない。


でも心にBの温もりが残ったまま

他の男に体を搾取されるのは生き地獄でしょ?

襲われる恐怖と絶望、体の痛み、あの寒さも

何も知らない子が必要だった。

まだ身近にいた。

彼等に知られるわけにはいかなかった。


だから

記憶を失くしたことさえ忘れた子を作った。

自分を守るために。


私は上手くやったつもりだった。

まず手放せ!

そうしないと新しい物が入る隙間が無いというでしょ?

本当にその通りになった。

幼馴染の従兄弟との思い出は相当な量だった。

おかげで私は空き缶みたいに空っぽになったけど

特有の強さが欠け、他人がつけ込む隙ができた。

その空白を、今まで沢山の人や物で埋めてきた。


私にとって時間は薬じゃない。

記憶の学びは浦島太郎のようなもの

扉からやっと出たと思ったら

何十年も過ぎていたりする。

でも絶望だけじゃない。

夢にみた幸せな家庭を叶えていた。

夫も子供もいて

本当に完璧すぎるくらいだ。


でも同時に記憶を無くした子も

過去に起きた現実を受け入れ、

今度は逃げずにちゃんと向き合わなきゃいけない。



私はBの記憶を他にも消していた。


会えなくなってから5年が過ぎた春の日

青年になったBが、たった1人で会いにきた。


でも記憶を消した私には、その意味が分からなかった。