年金制度 公平な負担と給付へ
http://mainichi.jp/select/seiji/choice/news/20080225ddm010010099000c.html?inb=yt
◇「今までの保険料、どうなるの?」「老後の備えは自分で」「企業の責任を果たす」
◇払えない
「それは助かる。私は年金保険料を払いたくても払えないんですから」。57歳の男性は、基礎年金財源を全額税で賄う案を知ると、即座に言った。
東京・新宿の保険代理店で働く派遣労働者。28年勤めた郵便局を5年前に辞め、人生は激変した。
郵便局退職直前の年収は1100万円。共済年金にも加入していた。だが、郵政民営化の流れを受けて同僚が相次ぎ転職。自身も外資系保険会社の代理店から誘いを受け、転身を決めた。妻は、娘と家を出た。
転職先は2年目から歩合給となり、成績が伸びず退社。別の保険代理店に移るが解雇された。派遣会社に仕事を頼るようになった。
今の月収は約15万円。郵便局員時代に買ったマンションの住宅ローン11万円を払うと、生活はぎりぎりだ。生活保護は、「持ち家」がネックとなり受給できなかった。
昨夏、社会保険事務所から国民年金未加入の通知が届いたが、「共済年金があるから大丈夫」と思っていた。
だが最近知った。25年以上加入したから年金受給資格はあるものの、40年間払い続けてはいないため満額は受け取れない。低所得者対象に支払い免除制度があると聞き、近く社会保険事務所へ相談に行くつもりだ。老後への不安が募ってきた。
年金保険料の未納は、若者だけの問題ではない。男性と同じ50代でも、4人に1人が未納となっている。
◇もう払った
「今まで払ってきた保険料はどうなるの」。大阪・心斎橋で飲食店を営む好井かずみさん(60)は、基礎年金財源を全額税で賄う税方式には疑問が残る。
20代からずっと国民年金保険料を払ってきた。その分は、どういう扱いになるのか。「どうしても払えなかった人はともかく、払えるのに払ってこなかった人を救うために税金を使うのは納得できない」と話す。
税方式導入にあたり最大の課題は、これまで保険料を払ってきた人と未納者の扱いに、どう差をつけるかだ。「払ってきた私たちが割を食うようでは、我慢できない」と好井さんは言う。
60歳になった後も銀行口座から保険料が引き落とされたため、「いつまで払えばいいの」と社会保険事務所に問い合わせた。職員からは「もう少し払った方がお得」との答え。納付期間が40年に少し足りないらしい。その分は払い、満額の給付を受けるつもりだ。
税方式が、消費税率アップを前提にしていることも気にかかる。「大阪の景気はまだ最悪。商売にならなくなる。どうしても必要なら、高級品だけ税率を上げればいい。日用品の税率まで上げたら、いくら年金があってもお年寄りは大変よ」と指摘する。
◇後で払う
給与から厚生年金保険料が天引きされるサラリーマン。年金問題を実感する機会は少ない。
東京都内の金融会社に勤める男性(47)が自分の年金手帳を手にしたのは、98年春のこと。給与明細に「厚生年金」の項目があるのは知っていたが、関心はなかった。
その前年11月。勤めていた山一証券が経営破綻(はたん)した。「予兆も感じなかった。何がなんだかわからなかったが、人生設計が狂ったことだけは実感した」
98年3月の山一最後の日まで本社に勤務。その後は保険会社や外資系金融機関などに勤めてきた。どこでも厚生年金保険料は給与からの天引きだった。
2年前、20歳だった私大2年の長女が相談に来た。「国民年金保険料の通知が来たんだけど」。20歳から加入が義務付けられる国民年金。だが男性が20代のころ、学生は任意加入だった。戸惑う男性に、長女は「友だちはみんな、働くまで払わないって。年金まで親の世話になってもね」と言う。結局「自分の稼いだ金で払えるようになったら払えばいい」と落ち着いた。
卒業まで支払いが猶予される学生納付特例制度を申請。だが、就職後に猶予額をまとめて払うと、2年分でも33万円余。簡単な額ではない。払わなければ、老後に受け取る年金額は減らされる。
「猶予分を払うかどうかは、娘が決めればいいこと」。男性はそう思う。山一のような大きな会社でも突然消えた。年金制度の将来も、娘の世代が判断すればいい。「老後の備えは自分の責任。生活に困った人への手当ては必要だが、年金が税方式となると、他人任せのようで疑問を感じる」と言う。長女は今春就職する。
◇払う理由
大月延亮さん(41)は97年、7年半勤めた大手電機メーカーを退職した。海外調達などを担当していたが、社費留学先の米国で、コンサルティング業務への関心が強まったからだ。慰留を振り切り、外資系コンサルティング会社に転職した。
結果を求められる年俸制。懸命に働いた。1年目800万円だった年収は、4年目1300万円になった。天引きされる厚生年金保険料に、興味を持ったことはない。
力を評価した知人に誘われ、ベンチャー企業にも勤めた。結婚して再び外資系コンサルティング会社に転職。企業財務の教育プログラム作りの責任者として、徹夜もいとわず働いていた37歳の春、突然倒れた。
過労だけではなかった。「うつ病寸前だった」と言う。仕事のできない状態が半年続く。会社は休職扱い。厚生年金の保険料などが引かれると、手取りの報酬は激減した。「再び働けるのか」「老後の備えは」--。不安ばかりが募った。
完治して仕事に復帰。昨年1月、東京・池袋にコンサルティング会社を起こす。事業主として社会保険事務所にも足を運び、厚生年金の手続きをした。
社員の保険料の半分を会社が負担する厚生年金制度。先月、社員4人の厚生年金保険料、健康保険料の会社負担は約30万円だった。「あと1人雇える額ですね」。大月さんは笑う。
財界には、企業の年金保険料の負担軽減につながるとみて、税方式支持の声が強い。だが、大月さんは少し違う。「税方式は、企業の社会的な責任感を薄めると思う。小さな会社だけど、社会保障の面では、社員、社会への責任をきちんと果たしていきたい」。根底には、自分が倒れた時に感じた底知れぬ不安がある。【高山祐、大場伸也、丸山雅也】
◆主要政党の主張
◇「保険」自公VS「税」野党
自民、公明両党の基本姿勢は、社会保険方式を維持したうえで、厚生年金と共済年金を一元化し、段階的に両制度の負担と給付の水準をそろえる考えだ。受給水準の高い公務員の年金を、民間企業の社員並みに近づける。さらに厚生年金の加入に際し、労働時間の要件を緩め、パート労働者にも広げる方針だ。これらは法案として国会に提出済みで、継続審議となっている。
また、与党内には、25年以上加入しないと受給資格を得られない「25年ルール」の短縮を模索する動きが出ている。さらに公明党は、低所得者(単身者なら年収160万円未満)の基礎年金額を約25%上乗せし、8万3000円とする案を検討している。
与党は、年金一元化の対象に国民年金を含めていない。制度創設時、自営業者の所得がつかめず収入に見合った保険料の徴収を断念し、負担・給付とも定額にした経緯がある。状況は今も変わっていないとみるためだ。
一方、民主党は、国民年金も含めた全年金制度の統合を主張している。国民はみな同じ所得比例年金に加入し、収入に応じた保険料を負担する。老後は、払った保険料が多かった人ほど高い年金をもらう仕組みだ。
大きな特徴は、全額税で賄う税方式の「最低保障年金」の導入だ。現役時に保険料を十分払えず、老後の年金が少ない人に給付する。ただし満額の給付は、現役時の年収が600万円までの加入者が対象。年収が上がるにつれ徐々に給付を減らし、1200万円を超えていた人には払わない。「金持ちには給付を制限することで、増税は不要になる」と主張している。
民主党案に対し、与党は「所得把握が難しい現状では、収入を低く見せかけて保険料を払わず蓄財することも可能だ。そういう人にまで年金を税で払うことになる」と批判する。
これに対し民主党は、税と保険料の徴収を一手に引き受ける歳入庁の創設と、納税者番号制度導入による徴収体制の強化を掲げ、反論している。
共産、社民、国民新の各党も、基礎年金部分を全額税で賄う案だ。
共産党は、全額税による最低保障年金(当面5万円)を土台とし、保険料に見合った給付を上乗せする制度を主張。社民党も「基礎的暮らし年金」を創設し「全員最低8万円の年金を受け取れるようにする」としている。
政界は「保険方式の与党」と「税方式の野党」の構図。ただ、自民党内にもじわじわ税方式を支持する声が広がっている。
◆世界各国の現状
◇7カ国が税方式導入
経済協力開発機構(OECD)加盟の30カ国でみると、カナダ、オーストラリア、デンマークの3カ国が基礎年金部分に税方式を採用。イタリア、スウェーデン、スペイン、ポーランドの4カ国は最低保障部分に税方式を取り入れている。主な5カ国の制度を見てみよう。
<米>
保険料率は年収の12・4%(労使折半)。国庫負担はない。会社員、自営業を問わず一定以上の所得がある人は強制加入だが、無職の人は非加入。支給開始は65歳。現役世代の所得に対する給付水準は51%。
<カナダ>
基礎年金部分に税方式を採用。18歳以降10年以上カナダに居住した65歳以上の人に全額税で支給する老齢所得保障(約5万5000円)に加え、一定額未満の所得の人を対象に補足所得保障がある。所得比例部分は保険料の支払額に応じ、給付する。
<英>
一定所得以上の国民が対象。公的年金は基礎年金と、サラリーマンのみが加入する付加年金の2階建て。付加年金には、所得比例年金と低所得者層に手厚い国家第2年金がある。国庫負担は原則なし。一般サラリーマンの保険料率は23・8%と高いが、給付水準は47・6%。
<独>
公的年金は職域ごとに分立。サラリーマン向けのほか、公務員、農業者らにもそれぞれ別の制度があるが、自営業者は任意加入。国庫負担割合は給付費の30%程度。支給開始は65歳だが、段階的に67歳への引き上げが決まっている。
<スウェーデン>
98年、「年金を政局にしない」を合言葉に、超党派で年金改革を実現させた。一定所得以上の国民が加入する所得比例年金主体だが、年金額が低い人には全額税による「保証年金」がある。民主党案のモデル。保険料率を18・5%に固定する点など、日本の制度改革にも影響を与えた。
==============
◆税方式が理想
◇無年金者を出さぬ制度に--高山憲之(たかやま・のりゆき)・一橋大教授(公共経済学)
現行制度を変えるべきだと考える理由は、未納・未加入問題だ。就業構造が多様化して、フリーター、パートタイマー、契約社員が増えている。従業員でありながら不安定かつ低所得のこの人たちが国民年金に追いやられて未納が増え、無年金になる恐れも大きい。老後の所得保障は公的年金という器で対処すべきで、無年金の人が多く出る年金制度は失敗だ。
少子高齢化の問題もある。年をとった人たちを若い人たちに担いでくれといっても、制度が持たなくなる。高齢者も何らかの貢献をする形を作らないといけない。それは所得税や保険料ではできないことで、消費税が一番適している。
いまの制度は、最低25年保険料を納めないと年金を給付しないということが基本となっている。現役の時に年金制度に貢献する証拠を見せろという仕組みだが、なぜ保険料でなければ貢献とみなせないのか。
「税方式は、保険料を払っていない人ももらえて不公平だ」という意見もあるが、それは所得税を念頭に置いた話だろう。消費税なら導入以降、既に20年近くみんなが払っている。過去の保険料納付記録はそれなりに尊重し、給付額に差をつければ、大半の人が納得するだろう。
自分の使った金額に応じて負担する税で、みんながお年寄りたちの老後を支える--。複雑な保険方式に比べ、基礎年金の全額税方式はきれいな絵だ。
ただ、移行に難題を伴うことは確かだ。例えば保険料を払い終えた年金受給者も、生きている限り消費税を払うので、結果的に基礎年金財源に対して追加負担を強いられる形となる。こうした難題に理解を得るのは、政治しかできない。
消費税は、中長期的には少なくとも15%に上げないといけない。15%はEU(欧州連合)の共通合意だ。ただ、10%の上げ幅で新たな年金財源は2%分にとどまるだろう。地方や医療等も消費税アップに期待しているからだ。その場合、社会保険方式をベースに税方式のよさを取り入れ、微調整していくことも一つの選択肢だ。
団塊の世代が就職した時は高度経済成長という神風が吹き、みんな正規社員になれた。これは時代の恩恵で、本人たちの努力ではない。一方で今の30代、20代は、たまたま時代に恵まれなかったため正業に就けていない人が少なくない。それが将来の年金に反映することを、放置していいのだろうか。
一つ、最近の議論で「税方式なら社会保険庁はいらない」という主張は気がかりだ。これまでの保険料納付で約束した年金給付はどこが支払うのか。また、厚生年金のいわゆる2階部分、所得比例部分について民営化すれば、サラリーマンの半数が基礎年金だけになりかねない。老後の生活不安は確実に強まることになる。厚生年金の所得比例部分も公的年金として残すべきだ。
年金2008年問題―市場を歪める巨大資金