「ああ健ちゃん、愛しの健ちゃん」
原爆で命を落とした広島市立袋町国民学校の六年生、中川恵子の霊がいとおしそうに健太にこうささやいている。
そっと健太の後をつけてきた由紀子はものかげに隠れてこの様子を見ていた。
「まずい、健ちゃんが憑りつかれている。なんとかしないと」
由紀子はいろいろ考えたが、有効な手段がない。
「健ちゃん、私の事好きよね」
恵子の息は弾み、激しい勢いで健太に迫っている。
由紀子は黙って見ておれなくなって、健太のそばに駆け寄った。
恵子の顔は一瞬にして焼けただれた顔になり、
「またあんたね。ええかげんにしんさいよ」
と世にも恐ろしい声で由紀子につぶやくのだった。
「健太君は私のボーイフレンド」
「何がボーイフレンドね。敵性外国語を平気で使うとは、あんたは相当の非国民じゃね」
「恵子さん、あなたはもう七十一年前の人なんよ」
「うるさい」
幽霊となってこの世に現れている恵子は、一切由紀子の言う事を聞こうとしない。