イレグイ号クロニクル Ⅲ

イレグイ号クロニクル Ⅲ

釣りと読書の記録を綴ります。

 

関山健 「気候紛争 たった「2℃」が起こす戦争」読了

本の表紙の折り返し部分には、『2050年、「たった2℃」の気温上昇で戦争が激増するーーー。「気候紛争」とは気候変動が遠因となって起きる騒乱、暴動、内戦さらには国家間対立の総称である。』と書かれているが、著者はどうしても気候変動が世界中で騒乱や、暴動、内乱を引き起こす原因になるのだと言いたいらしい。
タイトルを見て、気候変動による食糧危機が地政学リスクを呼び国際紛争が戦争というものにまで拡大しひいては文明を崩壊させ北斗の拳の世界がリアルに出現するというシナリオを語ってくれるのかと思ったらまったく違っていた。(僕は、食べ物がないということが秩序を乱す一番の原因になると思っている。)まあ、新書でそんなオカルトなのかSFなのかのようなバカ話が出版されるということもないのであろうが・・。

結論を書くと、そういった動乱の可能性は気候変動によってほんの少し拡大したり勃発の頻度が増えるかもしれないが、根本的な要因となることはなく、むしろ、政治の不安定さや宗教対立などのほうがよほどリスクを孕んでいて、ある程度政治や社会が安定していて気候変動に対応できる技術力と資金力を持つような国ではそういったことは起こらないであろうという、僕たちの円卓会議でもそういう答えを導き出すであろうというものであった。
まさに「新書あるある」の新書なのである。この本に頻繁に出てくる「気候紛争」、「気候安全保障」という言葉も著者の造語らしい。

唯一、確かにこれは日本の安全保障に関わる気候問題だと思ったのは、沖ノ鳥島と北極海についての記述だ。
沖ノ鳥島には東小島、北小島というふたつの島があるそうだが、それぞれ満潮時で6cmと16cmしかない。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告では2006年~2018年の間だけで年に3.2mm~4.2mmも海面が上昇したということだ。2℃の温暖化では日本沿岸の海水面は現在よりも40cmほど上昇すると言われているのでこのふたつの島は間違いなく島では無くなる。そうなると、日本の国土面積よりも大きい40万㎢の排他的経済水域が失われるのである。
2025年に国際司法裁判所が公表した「気候変動に関する勧告意見」では、既存の海岸線、領海、排他的経済水域を気候変動による海面上昇の影響を加味して変更する必要はないとの見解を示しているが、すでに中国や韓国、ロシアはそれに反対している。特に中国はそんなことお構いなしに漁業資源や海底資源を盗みにやってくるだろう。
そして北極海では温暖化で氷が溶け航路が常時開かれるようになると日本近海での中国とロシアの動きが活発になるということだから油断はできない。ロシアとアメリカは直接対峙することになる。トランプ大統領がグリーンランドを領土にしたいと言ったのもそういうことを見越してのことではなかったかというのが著者の見解である。こういう見解はさすが国際環境政治を専門のひとつにしている学者であるというところか。新書あるあるばかりではなかった。

それ以外は「新書あるある」なのであとは読み流すしかない。それでも何かトピックスとして書き残すものはないかと探してみるのだが、この本の主題である、「気候紛争」は気候変動によってどれくらいの確率で増加するのかということをまずは書いておこうと思う。これは統計学的な試算らしいが、干ばつによってある国への移民流入数が1%増加するとその移民送り出し国と受入れ国との武力紛争の発生確率は10年あたりで0.012%増加するらしい。インドでは降水量が1%減ると暴動が0.86%増加する傾向が見られたそうだ。実際にそういう計算をしている人がいるのにも驚かされるがその結果がその他の要因よりもはるかに小さいということを知った当の学者さんはもっと驚き悲しくなっただろう・・。

もうひとつ、これは主題とはあまり関係がなさそうだが、世界の軍事施設や軍隊が放出する二酸化炭素は世界全体の放出量の5%にもなるそうである。5%というのは結構な割合だと思うがそれくらい放出しないと世界の均衡を保つことができないというのがこの世界の現実なのだろう。

しかし、こういうことが続いて、食糧の価格がどんどん上がってゆき、先進国でも中間層でさえ食べるものの確保がままならなくなった時、それでも暴動や内乱が起こらないと言えるのだろうか・・。
過去を遡ると、国家間の戦争は別にして食べるものがないということが原因で起こった革命や内乱というのは相当あったはずだ。アメリカなんて銃社会だから食べ物を争って小さな撃ち合いが始まりそれが大きな暴動に発展して崩れ始めた秩序は雪崩を起こすように国内に広がってゆくかもしれない。今ではアメリカと対等に戦えるだろう中国が世界の覇権を狙ってアメリカに宣戦布告する・・。中国人は椅子と机以外の四つ足のものは何でも食べるというのだからアメリカ人よりしたたかだ。そんな可能性をぜひとも語ってほしかったのである。
 

 


場所:紀ノ川河口
条件:小潮6:06干潮
釣果:タチウオ14匹 サゴシ1匹 ヤナギ1匹

一昨日の禁断の仕掛けでのバラしが悔しくてもう一度行くことにした。明日はまた仕事で出勤のために朝も早いし魚が残っているうちにと考えると土曜日に行けばいいと思う人もいるかもしれないが2日続けて午前3時前に起きると便秘がひどくなって体に悪いのである。
これも歳のせいなのだろう、こんなに朝が早いとまず出ない。朝に出ないとその日はそのまま出ないのである。それでも、出してから家を出たいと思うのでかなり早くから起きて便意を待つのだが、かなり早く起きることでさらに便意が遠のくのである。まったく負のスパイラルだ。
だから、1日インターバルを取って2日分を出してからの釣りということになるのである。

今朝もやっぱり出る雰囲気がないので始めからあきらめて一昨日よりも15分早く家を出た。

 


いつものポイントから仕掛けを流し始めるが一昨日と同様すぐにはアタリはない。
それでもフェリーが入港してくる前にはアタリが出始めた。
今日も青岸の灯台の手前がポイントのようだ。そこを重点的に攻めるとアタリは続く。フェリーが入港してきた時には我が家のおかずとしては十分なほどの数を確保できていた。

昨日の円卓会議には長らく入院していた爺さんが姿を現していて、久々にフルメンバーでの会議になっていた。そこでもタチウオの議題が上程され、あの魚は美味しいという当たり前の結論が出た。それならばぜひとも全員に食べてもらいたいと考えていたのでさらに数が欲しい。今日ならこの時間からさらに数を見込める。さらに丹念に範囲を絞ると今年初めての複数匹のヒットも出る。フェリーは出港してしまったがまだ釣れるはずである。
と、思ったが明るくなるといきなりアタリが途絶えてしまった。今朝は曇り空なのでこれは午前6時を過ぎてもまだ釣れるのではと思ったので当てが外れた。
今日も最後にサゴシが掛かって打ち止めだ。

 


しかし、今年初めての二桁の釣果である。型は一昨日よりも小さいが円卓会議で配るには十分な数である。

これ以降は今日の本命である禁断の仕掛けである。
新々波止の南に移動して仕掛けを流し始めるが今日は魚の撥ねている姿が見えない。最初は防波堤に沿って流していたが掛かったのは小さいエソだけなのでそういえば一昨日の2回目のアタリはかなり沖の方であったということを思い出し移動してみると、もう少し沖の方でボラではなさそうな魚が跳ねる姿が見えた。そしてその方向に少し船を進めた時にアタリが出た。かなり大きい。船の向きを取り込みやすい方向に向けつつテンションを維持しながら仕掛けを回収する。なぜいつもバラしてばかりなのだろうといろいろ考えていたのだが、ひとつの要因は仕掛けのテンションにあるのではないかと考えた。サゴシは途中で引かなくなるので魚が掛かっているかどうか確かめるときや、そもそも船の向きを変える時にもテンションが緩んでいるはずである。今日はそれを意識してみた。

サゴシは途中で自分の運命を受け入れるが直前で再びそれに抗い始めるのでその時も要注意だが、この魚は潔がよいのかあっさりとタモに入ってくれた。
鈎掛かりを見てみると、テンションがどうこうと言わずともよいような口の奥に掛かっている。太いワイヤーに交換しておいてよかった。ワイヤーのコーティングに傷が入っていたのでナイロンハリスだとおそらく切られていただろう。

もう一匹釣れないかとヒットした辺りを流してみたがアタリが出ることはなく円卓会議の時間が迫っているので終了とした。

港に戻ると予期せずして雨が降ってきた。今日の予報は曇りのはずであった。円卓会議の議論がたけなわになった頃には本降りになっていた。
今朝の東の空はやけに赤いなと思っていたら、これは雨が降る前兆であったようだ。
これはこれで美しい景色なのである。

 





 

 

高橋 源一郎 「食べる本: 読むダイエット」読了

テレビだったのか新聞だったのかは記憶がないが、高橋源一郎という作家の名前はよく目にしていたと思う。しかし、この作家はどんな作品を書いていてどんな評価を得ているかということはまったく知らなかった。ウィキペディアで調べてみると、
『日本の小説家、文芸評論家。明治学院大学名誉教授。
散文詩的な文体で言語を異化し、教養的なハイカルチャーからマンガ・アニメ・テレビといった大衆文化までを幅広く引用した、パロディやパスティーシュを駆使する前衛的な作風。日本のポストモダン文学を代表する作家の一人である。』

と書いていた。

この本はサブタイトルに書かれているとおり、著者がダイエットに挑戦した記録でもあるのだが、読み始めるとちょっとチャラい文章で600ページ全部ダイエット話を読み続けるのかと少しうんざりした。というのも、僕はダイエットの勝者のひとりである。今さらダイエットのやり方を読んでも意味がない。ウソと思われるのなら2007年9月から2008年8月までの僕のブログを見てほしい。だから、チャラい文章でなくてもダイエットの話を読むのは今更ではないかと思ったのである。
しかし、そこはさすがに作家である。そういう不安は見事に吹き飛んでゆく。普通のダイエット本とはスタートから異なっている。僕はたった1冊の本を買っただけだが、作家はダイエットを始めるにあたって最初の1ヵ月に80冊も買ったという。だから、この本自体はそれらの本の解説のような体裁となっている。取り上げた本の要約や作家自身の考えなどが渾然一体となっている。そして、ウィキペディアに書かれているように、文学と風俗の境目を行くような文体は飽きることなく読める。こんな人と比べるのはおこがましいが、僕もこんな感想文を目指してこのブログを書いている(はず)なのである。
そしてさらに、さすが、さすがに作家である。話はダイエットに留まらず、食べることとは何か、さらに生きるとはどういうことかということに発展してゆく。
作家はそれを、ダイエット食を自分で作る過程で見いだしていったらしい。それまでは料理をするということはまったくしなかったらしい。
その経験によって、ダイエットはただ体重を減らすための行為ではなく、より健康で長生きするための手段であると悟ったのである。それは知らなかった世界を知ることでもあったという。ここでいう健康というのは身体の健康だけではない。心の健康も含めてなのである。
作家は取り上げる本を使ってその原点のひとつは子供の頃からの味の記憶にあるのではないかということに行き着く。今までに食べたもので一番美味しかったものは何か、そして逆に子供心に悲しさを感じた味・・。さらに人生の最後に何を食べたいかへと移ってゆく。激しい浮き沈みを経験した作家の人生はそれらの本の内容とオーバーラップしてゆく。
そこにはダイエットという華々しい成果とは逆のもの悲しさを感じる。生きるということはそういうことだと語っているように見えるのである。
それは、主要な部分の締めくくりとして書かれている、『「食べる」ことで、私たちは、栄養を得ることができる。「食べる」ことで、私たちは豊かになる。現実の食べ物でも、書かれた紙の上に印刷された食べ物においても、また。』という言葉に昇華している。
また、「共食」「孤食」「縁食」という考察も考えさせられる。これは、ジャック・アタリが書いた「食の歴史」という本からの引用だが、人類の食の歴史というのは、“みんなで”食べる歴史であったという。だから一人暮らしのひとの孤食は寿命を縮めると言われている。しかし、現代人は、人類が単独行動(孤食)から集団生活(共食)を始め文明を築いてきた道を逆行し始めているという。我が家も逆行している。家族で食事をするがまず会話はない。こういうのはすでに家族が崩壊しているというのであろう。ただ、僕はもうしゃべるのが面倒だ。できるならひとりで食べたい。そういうのは逆行を飛び越えて退化しているというのかもしれない・・。


僕も今までに食べたものの中で一番美味しかったものは何か、悲しさの記憶とつながる食べ物はあったか、最後の晩餐として何を食べるか。そういうものを思い出し考えてみた。

一番美味しかったもの・・。
すぐに思い浮かんだのはご飯とおにぎりだ。ご飯は、中学以来の友人が自分の家の田んぼで取れたと持ってきてくれた米を炊いたものだった。おにぎりはおそらく田辺の磯で食べたおにぎりだった。
米はその翌年も持ってきてくれたがそれほど美味いとは思えず、おにぎりもその後何百個というくらい田辺の磯で食べたがただの冷えたおにぎりだった。米はその年だけがよい出来であったのか、炊き方がベストであったのかは分からない。おにぎりもなぜその時だけだったのかは分からない。

悲しい味・・。
これはもっと大きくなって感じたもの悲しさであったが、母親が作った厚揚げとスジ肉を煮たものの味だ。結構美味しいものであったが、それはよく考えると一番安いスジ肉と厚揚げは形の崩れた失敗作を安く買ってきたものを合わせたものであった。結婚して以後、奥さんが買ってくる厚揚げの形がやたらときれいであったことでそれを理解した。その時に、ああ、ウチは貧乏であったのだなと納得したのである。
作家の思い出はもっと幼少期のものであったようだが僕はもっと小さかった頃の味を目下の所思い出すことができない。唯一はその厚揚げとスジ肉を煮たものだ。これもよく考えると、母親の作る料理の味は薄味で美味しくなかったからだろうと思う。その典型が茶粥であったのだが、逆に記憶に残っているのはいつも不機嫌な母親の顔だ。もっと美味しい料理も作ってくれていたのかもしれないが、作家が言うように味と記憶はしっかりと繋がっているのであろう。

最後の晩餐・・。
人生の最後に何を食べたいか・・。よく考えたら、何を食べたいかというものなんてまったく浮かんでこない。これも歳のせいか単に胃がわるいだけか、食べ過ぎているのか、あまりお腹が減るということがない。だからこれが食べたいと切望するものがない。師は、人間は生まれてすぐに水を飲まされ、死ぬときは死に水としてまた水を飲んで終わってゆくと書いていたが、食べたいものが何もないので僕も冷たい水道水でいいかなと思ったりするのである。まあ、それを飲ませてくれる人もいないであろうが・・。

最初の印象とは裏腹に意外と読み応えのある本であった。

齢のせいなのか、それともダイエットの効果なのか、最近は食べてもあまり太らなくなった。標準体重からはかなり増えたが大体71kg半ばから73kg手前で安定している。減り過ぎても増え過ぎても体調がさえないということと、体重の増減はいくらか周期的であるということが解ってきたというのがここ数年である。
しかし、作家も書いているが、筋肉量は明らかに減ってしまったように感じている。
これは僕みたいなダイエットのやり方の弊害のひとつでありそうで、それに対して作家はスクワットとかかと落としというものをやっているそうだ。
これならおカネはかからないので早速僕もやってみたが結構キツい。
年齢プラス1回を3セットに分けてやりなさいということだか、踵落としは10回3セットで辛くなりスクワットも10回2セット以上はできない。
しかし、母親を見ていると、歩けなくなったら終わりだなということがよく解ったのでとりあえずはやり続けようとは考えている。ブログは20年以上、ダイエットのための体重と体脂肪率の記録も19年続けているし、魚釣りは60年近くになるので結構なんでも長続きする方だとは思っているけれども腰痛対策として始めた腹筋はいつの間にか止めてしまって継続することができなかった。やはり運動系はダメなようだ。
これを死ぬ間際までやれたなら僕もなかなかやるじゃないかと言えるのかもしれない・・・


 


場所:紀ノ川河口
条件:小潮3:32干潮
釣果:タチウオ8匹

今日も病院だ。それで休みを取った。先週とまったく同じである。そしてやっぱり釣りに行くのである。

当初、家を出るときはタチウオの仕掛けだけを持っていたのだが、いつものスーパーまでの途中、ふと、禁断の仕掛けも持っていこうと家に引き返した。ただこれは、悔いが残る結果しかもたらすことはなかった・・。

出港は午前4時35分。

 


いつものポイントへ到着すると午前5時に入港してくるフェリーが遠くに見えていた。ちょうどいい時間だ。さっそく仕掛けを流す。先週のようにすぐにアタリはない。しかいs、まだまだこれからだ。最初のアタリは青岸の灯台のかなり手前であった。今年はどうもあまり沖では釣れない。これも数が少ない理由のひとつかもしれない。アタリは続くが1匹ずつしか釣れないのでなかなか数が増えない。叔父さんの家にも持っていきたいのでもっと稼がねばならない。6匹目を取り込んでやっとノルマ達成。これで一安心。型も少しよくなっているように思うので3本あればいいおかずになる。
8匹目を取り込んでアタリがなくなり新々波止の南へ移動。

 

 

禁断の仕掛けを流す。時々水面上に跳ね上がる魚が見えるので期待大だ。そしてその通り大きなアタリが出た。これはかなり大きい。が、その引きは途中で途絶え、仕掛けを回収すると鈎が無くなってしまっていた。チモトにはワイヤーを入れているのだが、全然交換もしていなかったので劣化してしまっていたのかもしれない。というか、そうに違いない。かなり細いワイヤーだったので劣化の度合いも早いのだろう。
一番先端の鈎だったので2番目以下の幹糸をすべてカットして釣りを再開。沖のほうに魚が跳ねるのを見たのでそちらのほうに向かうと再びアタリ。今度も大きい。しかし、これも痛恨のバラシ。仕掛けを回収してみるとワイヤーの部分がクルクルとなってしまっていた。

 

 

おそらくサゴシの歯がこすれたのだろう。口のところにうまく掛からなかったようである。
この仕掛けは取り込むよりバラす数のほうが多いが、なんとかならないものだろうか・・。
釣れれば美味しい魚ばかりなので残念である・・。

家に帰って病院へ。2度目の通院だが、ここは駐車場代がかからないのと待ち時間が少ないのがいい。おそらく、藪医者というのではなく、入院患者の様子を見ているとほとんどが後のない人ばかりのように見えたのでそういう人たちばかりを収容するのが主な業務で、外来で診療というのはほとんどついでの業務になっているのだろう。ある意味穴場なのかもしれない。
僕の母親も回復することはないのだから現状を維持さえしてくれればそれでいいのだから・・。

 


場所:紀ノ川河口
条件:大潮4:27満潮
釣果:タチウオ7匹 サゴシ1匹

11年ぶりの5連休は6連休になってしまった。月曜日、母親が自分で「立てない」と言い出した。何をまたボケたことを言っているのかと部屋に行ってみると本当のようであった。足を見てみると左の膝がえらく腫れている。
それから3日間、トイレに行くにも食事をするにもそこまで抱きかかえて運ばねばならなくなった。死体は重いというがこれは本当らしいというのがよくわかる。力の入らない身体はやたらと重い。連休中でよかった。女の力では動かせないし、僕の奥さんはそういうことはあんたがやりなさいとはなからやる気もないらしい。まあ、義母とはいえ自分の悪口をさんざん言ってきた赤の他人なのだからその気持ちも分からないではない。それでもそんな赤の他人の下着まで洗ってくれているのだからありがたいと思わねばなるまい。
風呂にも入ることができず、とにかく医者に見せねばと連休明けにも関わらず休みを取ったのだ。

医者に連れて行くまでは時間がある。先のことを考えても仕方がないのでタチウオを釣りに行くことにした。
夜明けも遅くなってきているので午前4時前に家を出ていつものスーパーでお茶を買って精算していると電話が鳴っている。
奥さんからの電話だ。嫌な予感しかしないが折り返しの電話をすると母親がトイレに行きたがっているという。動けないからゴミ箱にしようとしていたらしい・・。
急いで家に戻り重い身体を抱きかかえてトイレに行かせて港に向かった。

少し出遅れた感があるがまだまだ暗いのでチャンスはある。それでも船足が速ければいいのだが小船も限界に来ているので気持ちだけが焦る。

 


いつもならキリンクレーンの前を過ぎた辺りから仕掛けを流し始めるが、本命の場所をダイレクトに狙うためさらに沖に進む。
青岸の灯台の少し手前から仕掛けを流し始めると、仕掛けが入りきらないうちからアタリがある。捨てる神あれば拾う神あり、今日はかなり調子がいいと思いきやその後はアタリが続かない。ごくたまにアタるだけだ。もう少し明るくなればアタリがたくさん出るかと思ったがそれもない。そうかと思えば再び仕掛けが入りきらないうちにアタリが出たりするし鈎を1本切られたりした。決して魚が少ないというのでもなさそうなのだが・・。
そんなことを悩みながら最後のアタリでサゴシが喰ってきたのでこれで打ち止め。
母親の様子がどうなっているのかが気になるので急いで家に戻った。出港から帰港まで1時間半という釣行であった。

当初、家の近くの整形外科に行こうと思っていたのだが、こんなのはすぐに治るわけではないのではないだろうかと思い直していっそ入院ができるところはないかと探し直すことにした。動けないまま家にいられたら難儀だ。

 


診察を終え、「湿布と痛み止めを出しておくから1週間後に・・」と言われたのでこれはまずいと入院できませんかと訴えたらあっさりとそれではということになった。

これで一安心、どこかの介護施設に預かってもらうまでここで面倒を見てもらえると思ったがその翌日、病室から出て勝手に歩き回るから危険なので退院させたいと電話があった。どうも、脛に溜まった水を抜いてもらったことで以前のように歩けるようになってしまったらしい。
病院曰く、動けるのならそれから先は介護の仕事だとのこと。言わんとすることは分かるが介護ランクを上げてもらう申請が下りるのは1か月先になるらしくそこから施設を探すとなるとかなりの期間家で面倒を見なければならない。船底塗装もまだ手を付けられない状況でこれは危機的状況である・・。

同じ日、奥さんが病院に様子を見に行くと、あまりにも動き回るのでナースステーションに車いすに座らされて監視されていたらしい。
これは完全にアウトだ・・。

翌日、病院に行くと、認知症が進んでいて、自分がどこにいるのかもわかっていないという。時々とぼけたことを言うこともあったが、認知症だとは思っていなかった。これでさらに完璧にアウトだ。とにかくここには置いてくれない。とりあえず退院しなければならない。

 

 

用意した荷物のほとんどが無駄になってしまった。


ケースワーカーという人は付いていてくれているらしく、事前に連絡しておいたので今後の対応は考えてくれているらしいが週明けすぐにどうするかということは考えてくれていない。ここは強引に、何か手立てはありませんかとごり押しすると、デイサービスの体験と本格的なデーサービスを使うと月曜日と火曜日は昼間は施設に預かってもらえるという提案を引き出すことができた。それをなんとか実現してくださいと念押しして指定されたサービス会社に向かい契約書を交わすことができた。

 

 

介護のことなどまったく知識がなかったが、介護システムというのは、ポイント制のようなものになっていて、それぞれのランクによって持てるポイントが決まっていてそれを介護サービスに引き換えるというシステムになっているらしい。ランクが下(介護度が低い)だとポイントが少ないので使えるサービスも少なくなり、デイサービスに通える日数も少なくなるというものだそうだ。母親は今のところ「要支援2」なので週2日しかデイサービスが使えないくらいのポイントしか持っていないということだ。
このデイサービス、お風呂が大事ということがケースワーカーや施設の責任者の話の中で出てきていたが、確かに、今の母親の状態では自分で体や髪の毛を洗うことはもうすでにできていないようであった。こういうところは、奥さんは、私は嫁だからそこまではできないというスタンスで、何事に対しても、やりたくないことはやりたくて自分にはすることができないのだという言い換えをして回避する姿勢を貫いている。トイレから出てきてお尻を拭くのも僕の仕事だ。
ああ、だからデイサービスでお風呂に入れてもらうのはけっこう最重要事項になっているのだと納得した。彼女はおそらく僕をお風呂に入れてくれることはないだろう。(はなからそんなことも望んではいないが。)
まあ、さんざん悪口を言われ続けられた人間に尽くそうとも思わないのもよくわかる。それに加えて仲が悪くて口の悪い姉が参戦してくるから話がこんがらがってくる。ティターンズとエゥーゴとアクシズとシロッコの絡み合いみたいだ。挙句の果ては、あなたは何もしてくれないとなる。

とりあえず、今回の騒動でいくらかは介護度のランクを上げてくれるらしい。いっそのこと、ずっとお泊りさせてくれるようなランクまでアップさせてくれないかと願っているのである。僕は、平気で嫁の悪口を言い続け、その人に普通に生活を頼っている母親にはいくらかの嫌悪感を持っている。特に、身体の自由が利かなくなってきてからはそういう思いが強くなった。それは母親であってもだ。だから、ここらで静かにフェードアウトしてもそれは自業自得であると思っているのである・・。


 

 

岸本 忠三 、 中嶋 彰/著 「現代免疫物語frontier」読了

この本はブルーバックスの「現代免疫物語」というシリーズの4冊目になるそうだ。
前の3冊はどんな内容かは知らないが、この本はコロナ禍の中で治療に活躍した薬品と、CARーT細胞というものを使った血液がんの治療、さらに人間の腸にまつわる免疫の話が収められている。
コロナ禍の中で活躍した薬品というのは、mRNAワクチンとアクテムラという薬だ。アクテムラという薬は記憶がないがワクチンは実際に打ってもらっていたし、そういえば遺伝子を改変したような薬だから危ないというようなデマが流れていたことを思い出した。僕はタダなら何でも大歓迎だったが・・。
タイトルが「免疫物語」となっているのでその通り、免疫の機能がどのように薬品作りに応用されているのかということ以外に、開発過程にまつわる物語も書かれている。
難しい部分は後の方で書くとして、それぞれの薬品にまつわる物語をまとめてみる。

まず、mRNAワクチンについてであるが、このワクチンが働く基本原理を考えたのはカタリン・カリコというハンガリーの科学者であった。この人は2023年にノーベル賞を受賞した。コロナウイルスが蔓延し始めてからこのワクチンが世の中に出て来るまで1年ほどたったそうだが、こんなに早くワクチンって出来上がるものなんだなと思っていたら、それはこの人の研究があったからだそうだ。
カタリン・カリコがRNAの研究を始めた頃、RNAというのはあまり人気のない分子であったそうだ。しかし、カリコは1985年にはアメリカに渡り腐乱・不屈に研究を続けた。研究を続けていたペンシルベニア大学では「RNAハスラー(ハスラーにはやり手、勝負師のほかに詐欺師という意味もある)」と揶揄され、この研究はムダだと言わんばかりに降格人事にも等しい仕打ちを受け誘いを受けたドイツのビオンテック社に副社長として移る。ペンシルベニア大学で見つけた、シュードウリジン修飾という自然免疫を回避する方法で取った特許も大学に取り上げられてしまったが、ビオンテック社がライセンスを得てくれたおかげでここでの研究がコロナワクチンの早期の開発につながった。2019年12月下旬に中国でパンデミックの前兆が現れたあと、ウイルスの遺伝子配列が1月11日に公開されたあと、翌々日にはワクチンの設計を終えていたという。そこから1年足らずで仕様許可がアメリカで出て、カリコは一躍時の人となり、ペンシルベニア大学に一矢報いた形になった。
後ろ足で砂をかけられるように追われた大学であったが、カリコはここで記念としてそのワクチンの接種を受けたという。そういうことに何のわだかまりも持っていなかったというのがこの人のすごいところである。
僕はコロナウイルスに救われたという稀有な人間だが、この人がいなかったら世界はもっとひどくなっていたのかもしれない。

mRNAワクチンは感染拡大を防いだが、コロナウイルスの感染によって重症化した患者を救った薬もある。それがアクテムラだ。あれだけ大量にニュースやワイドショーで情報があふれていたけれども、僕はこの薬の名前を聞いた記憶がない。おそらく、自分は絶対に感染しないという正常性バイアスが働いていたから気にも留めていなかったからだろう。
確かに、「サイトカインストーム」という言葉は聞いたことがあり、この薬はそれを防ぐための薬だそうだ。サイトカインストームとは、免疫細胞から分泌される情報伝達物質「サイトカイン」が異常に大量放出されることで、それが引き金となって血栓が体中にできてしまって多臓器不全になってしまうのが恐ろしい。コロナウイルスはこれがあるから怖いウイルスだったのである。
この薬もコロナ禍の頃彗星のように現れたようなものであったのだろうが、元々はリウマチの治療のために開発されたもので、岸本忠三という医師が発見した、炎症性サイトカインと呼ばれるインターロイキンー6(IL-6)の制御に使われていた。皮膚が傷つくと赤く腫れて熱が出るがその原因となるものだ。これがないと免疫細胞が集まってくれないので大変なことになるが、多すぎると集まり過ぎた免疫細胞が自分自身を攻撃し始める。リウマチは体中の関節にインターロイキンー6が集まり過ぎて自分自身を攻撃した結果起こる病気だ。この薬があの頃に存在したら宮川さんはあんなに苦しむことはなかったのである。(解る人だけ解ってください。)体内で増殖したコロナウイルスは免疫細胞にIL-6を大量に放出させ、血流によって体中に運ばれる。これがサイトカインストームなのだが、IL-6は血管の内皮細胞にPAI-1という分子の分泌を促す。この分子は血栓の溶解を妨げる物質なので体内では少なからず血栓ができてしまう。血流が滞ることで様々な液体成分が臓器の中に漏れ出てしまい臓器の炎症を引き起こす。さらに、コロナウイルスに感染した血管内皮細胞は免疫細胞でもないのにIL-6を放出しはじめサイトカインストームを加速させる。
そういうメカニズムを知っていた中国の医師が岸本医師に供給してほしいと助けを求めた結果、コロナウイルスが引き起こすサイトカインストームにも効果があることが解ったという。

CARーT細胞は白血病の治療に使われる。T細胞というのは免疫細胞の一種であるか、その遺伝子を改変して強力な攻撃力を持たせたものをCARーT細胞という。まあ、戦闘力を強化したサイボーグのようなものだ。CAR(キメラ抗原受容体)というがん細胞を探知・捕獲するための高性能センサーのようなものを人工的に埋め込むことで自ら癌細胞を探して攻撃するほか仲間の免疫細胞も集める。日本では2019年5月から保険適用になった。池江璃花子は同じ頃に白血病になったと発表されたのでこの治療法を試したのかと思ったらそうではなかったらしい。しかし、この薬は日本で承認された時の公定価格(薬価)が約3349万円だったそうだ。池江璃花子なら払えそうだが僕が白血病になったとしても使ってもらえそうにない。なぜこんなに高価なのかというと、人によって癌の抗原の形が違うので患者ごとにCARを設計するという完全オーダメードの治療法になるからだそうだ。例え高価であってもあの頃にこの薬が開発されていたら山口百恵は「忘れな草をあなたに」を歌い終わる前に三浦友和の腕に抱かれて死ぬことはなかったと思うと残念でならない。(解る人だけ解ってください。)
CARーT細胞は固形がんにも挑戦している。白血病では血管の中を漂っていればがん細胞に遭遇できるが、固形がんは塊で存在し、かつ、免疫細胞を欺く機能を持ち鉄壁の守りをしている。それを突破しないことには免疫細胞はがん細胞を叩けないがこれが難しい。それを克服するために、プライムCARーT細胞というものが作られている。これは援軍として他の種類の免疫細胞を集めることによって固形がんを叩こうとするものだ。サイボーグというよりもトランスフォーマーだ・・。
そのほかにはCAR-NK細胞療法、アンチセンス医療、siRNA療法、RNA干渉など読んでいてもよくわからない治療法が次々と生まれているのが2020年代のようである。

最後の章は腸管免疫について書かれている。腸という場所は、体内の免疫細胞の7~8割が集まっているそうだ。食物には少なからず病原菌やウイルスが紛れ込んでいる。そうした外敵が悪さをしないように免疫は腸に大部隊を配置しているのである。しかし、一方では数十兆個の腸内細菌が棲みつき共生関係を保っている。もし、この共生関係が何かの拍子に破綻して免疫細胞が腸内細菌を攻撃し始めると腸内では炎症がおこり腹痛に見舞われる。これに収拾がつかなくなったのが潰瘍性大腸炎やクローン病というやつだ。
普通の健康な人にはそういうことが起こらないのは、免疫細胞が異物であるはずの細菌を見て見ぬふりをして襲撃を慎む「免疫寛容」という大人の知恵を身につけたからだと言われる。
その仕組みは小腸と大腸では異なるが、大腸では腸管上皮細胞と腸内細菌を隔てる粘液層の中にあるという。ここには免疫細胞では捕えきれない大型の細菌の動きを封じるLypd8という糖たんぱく質が細菌の鞭毛に取りついて動きを封じてしまう。小腸にはそれが少ない代わりに小腸の壁にあるパネート細胞が放出する抗菌ペプチドやIgAという抗体が存在する。また、パイエル板という免疫細胞の教育センターの役割を果たすような墓所もある。免疫細胞の教育センターというと、胸腺があるが、僕のような歳の人間ははるか昔になくしてしまっている。ひょっとして僕の体が今のところ健康でいられるのはこのパイエル板のおかげなのだろうか?そのほか、「TLR」という、ノーベル賞級の発見である、「TLR」という病原体の遺伝子を探知する自然免疫系のセンサーなど、腸は動物を健康に保つための宝庫になっているようである。
そうなってくると、いわゆる、「腸活」というのは相当重要な行為だと言えるかもしれない。
はたまた、昔観たテレビでは筋肉がその役割をしていると言っていた。免疫は大切だからいろいろなところでその性能を維持しているようである。

こういうものを読んでいると、目にも見えない分子を操ってよくもこんなものを作ったものだと思ってしまう。いったいどんな操作をしてこういうものを作っているのか、そもそもそんな体内の分子構造やその働きをどうやって見つけるのか・・。そういう難しいことはこの本には書かれていない。だから読みやすいというものだが、こういうものを解明して対応策を作る科学者たちの頭の中はどうなっているのだろうと思ってしまうというのがこの本を読んだ感想である。

最後に、この本の主人公である、mRNAワクチン、アクテムラ、CARーT細胞のメカニズムについて、AIにまとめてもらったものを書いておく。

〇mRNAワクチン
mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは、体内に「ウイルスの一部分の設計図」を送り込み、自分自身の細胞にそのパーツを作らせることで免疫を獲得する仕組みです。
1.設計図を入れる
ウイルスの表面にある目印(スパイクタンパク質)の作り方が書かれたmRNAを、脂質の膜(脂質ナノ粒子)で包んで体内に注射します。
2.体内でパーツを作る
mRNAを取り込んだ自分の細胞が、設計図どおりにウイルスの目印(タンパク質)だけを作り出します。※ウイルスそのものではないため、感染を引き起こすことはありません。
3.免疫が記憶する
免疫系がその目印を「異物」と認識し、攻撃するための抗体を作ります。
4.設計図はすぐ消える
役割を終えたmRNAは体内で数日以内に分解されて消滅します。DNAに組み込まれることもありません。
このプロセスにより、本物のウイルスが侵入してきた際に、免疫系が即座に素早く攻撃できる状態(免疫記憶)が整います。

 


〇アクテムラ
アクテムラ(一般名:トシリズマブ)は、体内で炎症を引き起こすスイッチ(IL-6)が入らないように鍵穴を塞ぐ抗体医薬品です。一言で言えば「炎症の暴走シグナルを遮断して、痛みや腫れを抑える」仕組みです。
1.炎症の指令役「IL-6」が出現
体内で過剰に作られたIL-6(インターロイキン-6)というタンパク質が、炎症や痛みを引き起こす指令(シグナル)を過剰に出します。
2.受け取り側の「鍵穴(受容体)」に合体しようとする
通常、IL-6が細胞表面にある「受容体(鍵穴)」に結合することで、炎症のスイッチが入ります。
3.アクテムラが先回りして「鍵穴」をブロック
アクテムラを投与すると、IL-6よりも先にその「鍵穴(受容体)」へぴったり結合し、カバーをかけるように塞いでしまいます。
4.炎症シグナルが止まる
鍵穴が塞がれたためIL-6が結合できなくなり、炎症や関節の破壊、発熱などの症状が急速に治まります。

関節リウマチをはじめとする自己免疫疾患や、免疫が暴走するサイトカインストーム(COVID-19重症化時など)の治療に広く用いられています。

 


〇CAR-T細胞療法
CAR-T(カーティー)細胞療法は、患者自身の免疫細胞(T細胞)を取り出し、がん細胞を正確に狙い撃ちできるよう遺伝子改変して体内に戻す治療法です。一言で言えば「免疫の兵士(T細胞)に、がん専用のレーダーを取り付けて出撃させる」仕組みです。
1.T細胞を取り出す
患者の血液から、異物と戦う免疫細胞である「T細胞」を採取します。
2.レーダー(CAR)を装着する
遺伝子組み換え技術を使い、T細胞の表面にCAR(キメラ抗原受容体)という特定の目印(がん細胞のタンパク質)を見つけ出す特殊なレーダーを取り付けます。
3.体外で大量に増やす
がん細胞と戦える準備が整った「CAR-T細胞」を施設で大量に増やします。
4.体内に戻してがんを攻撃する
増やしたCAR-T細胞を点滴で患者の体内に戻します。正確なレーダーを手に入れたCAR-T細胞は、体内を巡ってがん細胞を発見し、ピンポイントで破壊します。
通常の免疫細胞では見落としがちな「がん細胞」を強力かつ正確に排除できる点が特徴です。




 



場所:紀ノ川河口
条件:小潮5:18干潮
釣果:タチウオ13匹

今日の釣果はあきらめることなく定点観測を続けた賜物であった。
船も完全に速度を落としてしまっているので港の周りにしか行けないというのと、今日は月に一回の草刈りの日だ。8月は熱中症の恐れがあるので中止、7月は健康診断でキャンセル、6月も雨で中止ということで今日は絶対に行かねばならない。Nさんにロープをもらったお礼も言わねばならないので選択肢は定点観測しかない。そして願わくば、先週の幸運をもう一度という下心もあるのである。

夜明けはどんどん遅くなって今日の出港は午前4時33分だ。それでも夜明けまではもう少し時間がある。速度も出ないのでゆっくり青岸を目指す。キリンクレーンを過ぎた辺りから仕掛けを流し始める。
はなから釣れるとは思っていなかったが、流し始めてしばらくしてなんだかアタリらしき感触があった。あれ、ひょっとして今日はタチウオがいるのか・・?確かにこの感触はタチウオだ。そしてまた、しばらくするとまたアタリらしきものがあった。これは間違いない。少し真剣になって指先に神経を収集させる。

東の空が少し明るくなった頃、今度は確実に鈎掛かりした感触があった。小さきけれども久々のタチウオだ。
その後はアタリがコンスタントに出る。時には仕掛けを下ろしきらないうちにもアタリが出る。ただ、アタリは出るものの、掛かってくる魚は1匹ずつだ。やはり完全回復とまではいかないようだ。
幸いなことに、明るくなってもしばらくはアタリが出てくれたのでなんとかツ抜けをすることができた。

 


今日のおかずはこれで十分だが新々波止の南に移動して禁断の仕掛けを流してみる。
しかし、そんな幸運は毎週続かない。数分流して反応がないのでこれはいったん家に帰って魚を捌いてから草刈りに参加するのが得策ではないかと考えすぐに帰る準備。
タチウオがやってくるとほかの魚たちがどこかに行ってしまう。タチウオがいなくなるとほかの魚たちが戻ってくる。二律背反とはこういうことを言うのだろうか・・。

集合時間少し前に草刈り場に間に合い戦利品もゲット。

 


シルバーウイーク11年ぶりの5連休の1日目はあっけなく終わってしまった・・。

この5連休で船底塗装をしようと明日と明後日にドックの予約をしていたが台風25号の接近でかなりの北風が吹く予報であったので直前に断念をしたのだが、今日の海を見ているとそんな雰囲気がみじんも感じられない。キャンセルしたことを悔いることになりそうである・・。






 


場所:水軒沖
条件:中潮4:24満潮
釣果:ヤナギ1匹 サゴシ2匹 ツバス2匹 ヤイトガツオ1匹

本題に入る前に、少し嬉しくなってもよいかもしれない話を・・。
今週の月曜日、NHKの夕方のローカル番組で僕の故郷であり船の係留場所であり遊び場である水軒の町(というほど町ではないが。)が紹介されていた。

 

 

以前、この辺りが紹介された時は本当の住所である“西浜”として紹介されていた。その時よりもエリアを絞っていたとはいえ今回はわざわざ“水軒”と紹介されていたのだ。これはひょっとして、8月3日に放送された僕の写真がきっかけなのかもしれないと思ったのである。最初に紹介されたのは水軒のサツマイモ農家であったことからしてもその可能性が高い。僕の写真がきっかけで僕の故郷が紹介されたのならこれはこれでちょっと嬉しいのである。これで水軒のサツマイモの消費が広がればもっと嬉しいのだが・・。


そしてここからが本題。

今日はこれだけいろいろな種類の魚が釣れたのにどうしてタチウオが釣れないのだろう。
今日も定点観測のつもりで行ってみたがやはりタチウオは釣れなかった。

今日は紀ノ川がダメなら水軒の沖ならどうかと双子島から沖の一文字付近を流してみた。
20年くらい前、夕方にタチウオを釣りに行っていたころは紀ノ川河口よりもこの辺りで釣ることが多かった。少し趣向を変えてみようというのと、海南とか下津では釣れていると聞いていたのでよりそこに近い場所のほうが確率が高いかもしれないという見立てもあった。

結果はというと、ここでもまったくアタリはなかった。家に帰ってSNSで呟いてみると双子島の南から和歌浦にかけては釣れているという書き込みがあったのでもう少し南まで行ってみるべきであった。

しかし、悪い中にもヒントが隠れていて、双子島から逆戻りして北向きに仕掛けを流していた時、2回ほどアタリがあった。アタリの感じからするとどうもタチウオではなかった。サゴシかエソかと思っていたら新々波止まで戻って来た時に船と並行してサゴシらしき魚が跳ねていた。体が細かったので間違いなくあれはボラではなかった。

 


最後のあがきで青岸の灯台の前まで仕掛けを流した後、再び新々波止の南に移動して禁断の仕掛けを流してみると答えはすぐに出た。40cmほどのサゴシが2匹上がってきた。やっぱりサゴシがいた。大きさには満足できないがとりあえずボウズは逃れた。
そして今日はこれだけでは終わらなかった。釣れた魚の始末をして仕掛けを流し直すとすぐにアタリが出る。今度はツバスが2連だ。その頃からいたるところで魚のボイルが出始めた。この辺りでこんな光景を見るのは初めてだ。これはもう、ボイルの中に突っ込んでいくしかない。次に掛かったのは70cmほどのヤナギだ。そう、これが欲しかったのだ。ボイルは時に船が近づいても消えることがない。そして、追いかけている魚の勢いでイワシが水面上に弾き飛ばされている光景が見える。こんな光景を観たのは初めてだった。そしてまたアタリがある。今度はかなり大きい。仕掛けにまで手が掛かり、もう一息というところ、タモを引き寄せようとよそ見をしたことが悪かったか、痛恨のバラシ。50~60cmほどのハマチであった。残念・・。

明るくなってくるとボイルがあっても仕掛けには喰ってこなくなった。これで終わりかと仕掛けを流しながら港に向けて戻っていると最後のアタリ。これはヤイトガツオだ。こんな魚がこんなところにいるのも温暖化の影響だろうか・・。まあ、美味しい魚だからありがたい。

禁断の仕掛けでこれだけの釣果を得たのは初めてのことだと思うのだが、ひょっとしてこれらの魚はタチウオがいなくなったニッチを狙って集まってきたのかもしれない。そうなってくると、僕は今日の釣果と引き換えにしてでもタチウオが欲しいと思うのである。
釣れる魚に貴賤はないとは思っているのだが、その季節に釣れる魚が季節通りに釣れてくれるほうがうれしいと思うのである。そして、そういう状況というのは当たり前の姿ではないのだということを思い知らされているここ数年である・・。


午後からは暇なのでいつもの休日と同じく映画を観ていると、「駄サイクル」という言葉を主人公が話していた。主人公が作った造語らしいが、この言葉の意味は、『意識高い系の集まりや、特定のコミュニティ内で似たような愚痴や馴れ合いを続け、成長や変化がない状態を指す。』ものである。それを観ながら、もう投稿しなくなったSNSのグループのことを思い浮かべた。「今日の釣果です。」と写真だけアップして、それに対するコメントは大体が「おめでとうございます」というものだった。僕も同じようなことをやっていた。
別の理由もあったが、これではなんだかなんの進歩もないなと少しアホらしくなって投稿を止めてしまった。これはきっと僕もその「駄サイクル」というものを無意識に感じ取ってしまったからなのかもしれない。そして、それに続く主人公のセリフは、『そういう自称〇〇という奴らは、常々やってて楽しい程度の練習はするんだけど、一方的に発表できる個展とかはするけど、こう、正式にジャッジされるコンペとかコンクールは自分の程度が知れるから絶対に出ない。駄サイクルの仲間内が持ち上げてくれるうちに自分は才能があるんだって錯覚していくんだよね。自分の程度が知れてしまう競技会やコンテストには決して出ようとしない。そういうのは、いろんなかたちで自称アーティストに限らずどこにでもある・・。」と言う。
釣りの大会あるけど出る?と誘われても自分の下手さ加減が知れてしまうようなものにはおそらく出るとは言わず、それはきっと釣りに対してだけではないのだろうと思うと、この映画の原作者の僕を見る目にはたじたじとなってしまうのである。
そして、毎年、この時期になったらこの魚が釣れると思いこんでいること自体が駄サイクルだし釣れなくても定点観測と称して同じ場所にしか出かけないのも駄サイクルだし釣れなくても仕掛けに工夫もしないのも駄サイクルで、僕は駄サイクルだらけだなと二度目のたじたじを味わうのである・・。

 

 

中央公論新社/編 「午後三時にビールを-酒場作品集」読了

僕が参加しているフェイスブックのグループに、「一人飲み同好会」というのがあるのだが、その見ず知らずのメンバーがグラスに入ったビールと一緒にこの本の画像をアップしていた。おもしろそうなタイトルだったので図書館の蔵書を検索してみると運よく見つけることができた。
小説なのかエッセイなのか、それさえわからずに借りてみたのだが、酒にまつわる小文のアンソロジーであった。
収録されているエッセイの作家を見てみると、ほとんど全員がすでにこの世を去っている、僕の父親や祖父の世代の作家たちである。
こういう昔の人を集めても売れるというのはさすが中央公論というところかなのかもしれないが、そういうわけでもなく、酒にまつわり、なおかつ味のあるエッセイとなると、この世代くらいの人たちでなくては書けない時代になってしまっているのではないだろうか。今の時代はとにかくコスパとタイパの時代だ。酒を呑むということは本来、それの逆を行く行為である。今の時代の酒場では書きたくても書けないのであろう。
これはお酒だけではなく、魚釣りでも同じだろう。三国ヶ丘に古本屋があった頃、そこには釣りにまつわるエッセイ本が他の古本屋よりも高頻度で並んでいた。見つけると片っ端から買って読んだものだが、それらの本の著者もやはりこの本に収録されている小文の著者と同年代だった。今は、酒は酔えればよい、魚は釣れればよいという時代になってしまったように見える。そしてきっと、魚釣りのほうがお酒よりももっとコスパとタイパに敏感なのかもしれない。今の釣り本というとテクニックか道具の蘊蓄について書かれたものしか見当たらない。なんとも味気ない時代になったものである。だから、古い本を探して読むしかないのである。

この本は、「酒友のいる風景」、「行きつけの店」、「文士の集う場所」、「酒場に流れる時間」の4つの括りでまとめられている。「酒場に流れる時間」のパートには吉田健一始め4人の作家の短編小説が収められているが、それらは現実の世界からそれではない別の世界を酒を介して覗き見しているような物語だ。最後に、読みながらにして酩酊の世界に読者を連れて行こうという趣向なのだろう。これもさすが中央公論というところだ。吉田健一と倉橋由美子の短編はたしかにどこかで読んだ記憶があるので結構有名な作品なのかもしれない。まあ、それも僕が酩酊の世界を彷徨っていただけなのかもしれないが・・。

酒友というと、学生時代からよく集まっていた友人がふたりいたが、呑んでも同じ話の繰り返しということに飽きて今では一緒に呑むこともなくなった。外食自体が嫌いなので行きつけの店などあるわけがなく、おまけに酒を呑むと息切れとめまいがひどくなり歩けなくなってしまうのだから趣味の合う人が集まる店があったとしても覗くことは今後もないであろう。
よく考えたら、時代が味気ないのではなく、僕自身が味気ないのであった・・。

それではダメだと考えたわけではないが、今年に入ってから会社の飲み会には無理をして行くようにしている。サラリーマン生活も長くてあと2年と少しで、それ以降はまず外に呑みに行くこともないであろうから今行っておかないと永遠にその機会は訪れないであろうと考えたからだ。
会社の本体は堺東にあるのでその周辺で集まることになる。
堺東で呑むことを地元の人たちは“ガシ飲み”というそうだ。

 

 

たしかにここには大きな商店街がありたくさんの飲食店が軒を連ねている。その店の前を通ると何処も美味しそうである。ちなみにコブクロはデビュー前この商店街の路上で歌っていたそうだ。
そういえば、最後の職場で無聊を囲いながら愚痴をこぼし合っていた同僚の最寄り駅がここであった。
時々LINEで近況報告などをし合っているが、サラリーマン生活の最後の仕上げとして彼女を誘ってここでガシ飲みをしたいと考え始めているのである。
 

 

デニス・ノーブル /著 新庄 記子、木村 純子、山岡 傳一郎、 黒木 幹夫/訳 「命の調べのダンス-生物学的相対性」読了

生物の身体は遺伝子の乗り物に過ぎないという、リチャード・ドーキンスの考えに反対する人が書いたのがこの本だ。著者は、英国オックスフォード大学名誉教授で、心臓ペースメーカーメカニズムの研究を中心課題として、電気生理学とモデルを駆使した研究を続け多大の貢献を成し遂げたという人だそうだ。

僕の遺伝子も遺伝子が後世に生き残るためだけに僕を利用しているだけなのか・・、しかし、あなたには後世に生き残るほどの値打ちは微塵も無いように思うけれどもそれでも生き残りたいのかいといつも自身の目では見ることができない遺伝子に問いかけているのだが、そんなに心配しないでも僕の遺伝情報はしばらくしたらこの世から消えていってしまうのだよと書かれたこの本をぜひとも読んでみたいと思っていた。

この本のタイトルには、「ダンス」という言葉が、サブタイトルには、「生物学的相対性」という言葉が入っている。このふたつの単語は何を意味しているのか、そして僕が知りたい、「生物の身体は遺伝子の乗り物に過ぎないという考えは間違っているのか?」ということがどのように関係しているのかということを探すための読書になるのだが、この本は壮大な叙事詩とでも言えそうな書かれ方をしているのでその核心にはなかなかたどり着けない。
何しろ、生物の本にも関わらず書き出しは宇宙の開闢の時から始まるのだ。

しかし、この書き出しは重要なセンテンスとなる。これは生命を含めた“階層”という考え方を示しているのだが、『生命体の組織化をスケールと階層の観点から理解することは、生物学的相対性の理論を展開するために欠くことのできない準備段階である。』というのである。細胞ははるかにそのDNA以上である、生命体ははるかにその細胞の集合体以上であるという意味合いがこの後の展開において重要なものになってくるのである。


そして、リチャード・ドーキンスへの反論と「生物学的相対性」についての結論は、簡単にまとめてしまうと、『生命組織は複数の階層からなる確率的なオープンシステムであり、どの階層の行動もより高次と低次の階層に依存しており、単独で完全に理解することはできない。』ということになるのである。これは、特殊相対性理論には特権的な座標系はないということと同じであり、遺伝子が生命のなかで絶対的な存在ではないということである。

著者はその根拠となる様々な事象を取り上げ説明している。いくつかの、なるほどと思わせられる事象にはこんなものがある。
異種間のクローン、例えば、金魚の卵細胞の核を取り除き、鯉の核を入れたとしても、鯉が生まれるわけではなく、金魚に近いものが育つ。また、ある遺伝子をノックアウトしても、その形質が絶対に現れないかというと、そうでもない。80%はノックアウトに関係なく形質が現れる。さらに、電気ショックと匂いを関連付け、特定の化学的な匂いを恐れるようにされたネズミの子孫はそのように訓練されなくてもその匂いを恐れるようになる。
これらは、遺伝子だけが生命体の形を決めるものではないという証左なのであり、著者がいう、階層(原子、分子、細胞小器官、細胞、組織、器官、器官システム)すべてが生命体を形作ることを示している。
そこから“相対性”というキーワードも生まれてくるのである。(著者は同じだというが、アインシュタインの相対性理論の相対性とは少し意味合いが違うように思うが・・)

真実はどちらなのかは今のところ誰も知らないのだろうがこういうのを読んでみると、確かに利己的な遺伝子という考えはどうも歩が悪そうだ。

そもそも、「利己的な遺伝子」という考えが世間に広く浸透したのは「ネオダーウィニズム」という考え方が発端であったらしい。これはダーウィンの進化論とメンデルの遺伝学や現代の分子生物学を統合して作り出されたものだが、その考えの基本になっているのが、遺伝情報はDNA→RNA→タンパク質と一方向へしか流れないというものだ。このことがDNAは絶対的な存在であるという認識を固定化させてしまったというのである。
著者はネオダーウィニズムを否定するのではなく、“不完全”であると優しく評している。この説が成立したのは分子生物学が発展する前の1940年代ということなのだからそれも仕方がないということだろうか。
しかし、利己的な遺伝子というものについては少し手厳しい。この考えの元になったのは、分子生物学がある程度発展し、DNAの役割りも少しずつわかりつつあった頃らしい。その根拠のひとつになったのは、DNAの中の遺伝に関わらないと言われている、“ジャンク”という部分がそのまま次の世代にまで受け継がれていくという現象が“利己的”と解釈されたからだそうだ。(当時読んだことなど欠片も記憶に残っていないがそういうことであったらしい。)
同じ頃には獲得形質が遺伝するようだという観察結果もあったらしく、ネオダーウィニズムのセントラルドグマとなっている、「ヴァイスマンバリア」という、生殖細胞の遺伝子は体細胞の遺伝子に影響されないまま次の世代に受け継がれるという考えがある限り、進化というのは生殖細胞の突然変異のみでおこなわれるという考えもどこかおかしいと思われていたが、ネオダーウィニズム派の科学者たちは自分たちの考えを訂正しようとしなかったことに対して強い批判を加えているのである。
それはこんな文章にも現れている。
『20世紀にとても大きな影響力を持った一握りの生物学者たちが、印象的なメタファーと卓越した文章で遺伝子中心的な見方を示し、植えつけてしまったからである。この点で彼らは大成功を収めた。今日、生物学的な発見が一般向けのメディアで紹介される場合、ほとんどと言っていいほどあれこれの「~のための」遺伝子の発見に言及される。
この本では、何かの「ための」遺伝子など、存在しないことがわかるだろう。生命組織は、必要とする分子を作るために、遺伝子を利用する機能を持っている。遺伝子は用いられるのであって、能動的な要因ではない。私たちのDNAには完全な計画などないことがわかる。』

20世紀の科学のほとんどは、基本的にミクロにおける量子力学や相対性理論によって、還元主義的な決定論が打ち消されてしまい、確率性や蓋然性に取り組まざるをえない状態になったにもかかわらすそれを無視し続けたのだというのである。
「還元主義」とは、個々の構造や反応についての知識から、その知識のみを用いて、全体のふるまいを理解し、かつ完全に予測できるという見方であるが、それほどDNAの発見というものは生物学にとってインパクトが大きかったということでもあるのだろう。


先に書いたとおり、この本にはその根拠となる観察結果や実験結果がふんだんに盛り込まれているので説得力がある。その内容はやはり難し過ぎてどれだけ理解しているのかはわからないが、その詩的な文章は飽きることなく読み進めることができる。
リチャード・ドーキンスもしかりだが、こういう本を書く人の文章というのはどうしてこんなに詩的なのだろうと思ってしまう。

結局、DNA配列として定義された遺伝子は、むしろ書き言葉の記号のようなものであって、その言語の使用者によって意味が与えられるよりほかには、それ自体ではなんの意味も持たない。
コンピューターのプログラムになぞらえ遺伝子の「コード」という言葉が使われたりするが、この使い方にも、混乱を招く含みがある。それよりも「テンプレート」という言葉のほうが適切である。テンプレートは必要とされたときにのみ用いられ、それ自体が能動的な原因ではない。細胞が、単一のDNA配列から異なるメッセンジャーRNAを産出することが発見され、異なる細胞のタイプや異なる条件下において異なるタンパク質をエンコードするということがその理由である。
生物は自身が持つそれぞれの階層(原子、分子、細胞小器官、細胞、組織、器官、器官システム)で影響し合いながら生命体を形作っている。言い換えると、全体が部分を制約する仕方が生物学的相対性の概念の重要な特徴なのである。

そしてそれは、『あたかも進化の調べ、命の調べに乗ってダンスをしているかのようにも見えるのである。』というのがこの本のタイトルに込められた意味でもあるのである。

とにかく、遺伝子が利己的であろうとただのテンプレートに過ぎないのであろうと、僕自身の情報はそのままの形で遠い未来へ続いていってしまうことはなさそうだ。それだけが判れば安心なのである・・。