【もっと長く一緒にいたい。】 第6章 新たな病との闘い
🐰 ララちゃんのプロフィール名前:ララちゃん性別:女の子誕生日:2010年12月28日(推定)お迎え日:2011年2月24日(オランダから来日)お月様へ:2016年4月14日(5歳3か月)次々と訪れる試練にも負けず、懸命に生きようとした女の子。第5章では、顎の膿瘍との長い闘いについてお話ししました。毎週の洗浄、細菌検査、抗生剤による治療。「完治だけを目指すのではなく、その子らしく穏やかに過ごせる時間を大切にしたい。」そう考えるようになった頃、ララちゃんには顎とは別の病気も静かに進行していました。手術を決断するまで実は、ララちゃんの手術は突然決まったものではありませんでした。最初に異変があったのは、2013年9月頃。左第4乳腺に透明な液体がたまり、腫れたり引いたりを繰り返すようになりました。その頃は原因が分からず、診察を受けながら経過を見守る日々が続いていました。本来であれば、私は女の子のうさぎさんは1歳を過ぎた頃に避妊手術をしたいと考えていました。その考えのきっかけになったのは、以前一緒に暮らしていたホーランドロップのたまちゃんです。たまちゃんは避妊手術を予定していましたが、その後、横隔膜ヘルニアと診断され、避妊手術を受けることができないまま子宮内膜腺癌で旅立ちました。その経験があったからこそ、「女の子は若いうちに避妊手術を。」という思いを持っていました。それでも、私はどうしてもララちゃんを失うことが怖かったのです。麻酔をかけることで、もし二度と目を覚まさなかったら……。その不安を拭うことができず、すぐに手術を決断することはできませんでした。先生と何度も話し合いを重ね、定期的に診察や検査を受けながら経過を見守り、子宮疾患が疑われる所見が出た時点で手術を行うという方針を選びました。そして、2015年3月。レントゲン検査で、子宮を疑う石灰化像が確認されました。顎の膿瘍と向き合う一方で、子宮や乳腺にも異常が起きていたのです。先生と相談を重ねた結果、2015年6月26日に開腹手術を受けることになりました。手術では子宮・卵巣を摘出するとともに、2013年から経過をみていた左第4乳腺の腫瘤も切除し、病理検査をお願いしました。子宮・卵巣摘出手術2015年6月26日。ララちゃんは子宮・卵巣摘出手術を受けました。翌日には予定より1日早く退院。家へ帰ると、おしっことうんちをして、大好きなセロリも食べてくれました。その姿を見た時、「帰ってきてくれた。」ただそれだけで胸がいっぱいになりました。傷口を守るため、子ども用の腹巻きを巻いて生活することになりました。入院中は、お気に入りのぬいぐるみも一緒でした。先生から、 「カラーを付けるまではぬいぐるみと仲良くしていたのに、付けた途端にぬいぐるみを振り回していましたよ。」と聞き、思わず笑ってしまいました。手術直後でつらいはずなのに、どこかララちゃんらしい出来事でした。食べてくれた翌朝。牧草を食べ、セリや人参葉、セロリ、明日葉も食べてくれました。大きな手術だったため体重は約300g減っていましたが、少しずつフードも食べられるようになりました。カラーを外すと食欲も戻り始めました。薬はブルーベリーやバナナに包み、アニマストラスも使いながら工夫して食べてもらいました。でも、ララちゃんは本当に賢い子。一粒目で薬入りだと見抜いてしまい、「騙そうとしたわね。」そんな顔をしてこちらを見る姿に、思わず笑ってしまったこともありました。手術は終わっても終わらなかった手術が終われば、あとは回復するだけ。そう思っていました。しかし現実は違いました。お腹には漿液なのか乳汁なのか分からない液体が広い範囲にたまり、何度も抜いたり、洗浄したりする処置が続きました。腹巻き生活は約1か月。抜糸が終わっても、お腹を圧迫する生活は続きました。2015年7月。先生からは、「このまま改善しなければ、再手術も考えましょう。」と説明を受け、再手術の日程まで仮予約しました。頭の中は真っ白でした。「また麻酔……。」その言葉だけが何度も頭の中を巡りました。その頃の私は、神様でも仏様でもいい。どうかララちゃんを助けてください。そんな思いで、お参りへ向かいました。願いは一つ。「ララちゃんが回復しますように。」そして迎えた次の診察の日。それまでなかなか引かなかったお腹の腫れが、小さくなっていました。先生から、「再手術をしなくても大丈夫かもしれませんね。」そう言っていただけた時の安堵は、今でも忘れることができません。病理検査の結果その後、病理検査の結果が届きました。病理診断は次のとおりでした。 子宮:子宮内膜腺癌・平滑筋腫 卵巣:卵管炎(重度) 皮下腫瘤:乳管拡張症幸い、周囲の臓器への転移は確認されず、その後は定期的に経過をみていくことになりました。そして、2013年9月頃から左第4乳腺で繰り返していた透明な液体の貯留や腫れ。その原因が、乳管拡張症だったことも分かりました。約2年近く原因が分からないまま経過をみてきた乳腺の異常に、ようやく病名がついた瞬間でもありました。この経験をきっかけに、私は改めて女の子のうさぎさんの子宮疾患について考えるようになりました。現在はララちゃんとの経験もあり、我が家の女の子たちは獣医師と相談しながら、1歳を過ぎた頃に避妊手術を受けています。一難去って、また一難避妊手術後のお腹の状態も少しずつ落ち着き、「ようやく普通の生活に戻れる。」そう思い始めた頃でした。今度は、顎の膿瘍が再び悪化し始めたのです。口の中から膿が出るようになり、下の臼歯はぐらつき、やがて自然に抜けてしまう歯もありました。2015年7月21日には、顎の膿瘍と奥歯の処置のため、再び麻酔をかけることになりました。6月26日の大きな手術から、まだ1か月も経っていませんでした。それでも、食べることが何より大切。ララちゃんはもう一度頑張ってくれました。そして処置をしたその日の夜には、通常量のフードをもりもり食べられるまでに回復してくれました。ララちゃんは、麻酔のたびに私を心配させる子でした。だからこそ、「また麻酔をかける。」その決断は、いつも私にとってとても重いものでした。やっと見えた希望2015年9月。顎の膿瘍も、避妊手術後の経過も順調となり、初めて通院間隔を4週間まで延ばせるようになりました。振り返れば、乳腺の問題が始まった頃から約1年9か月。その後は顎の膿瘍の洗浄も加わり、毎週のように病院へ通う日々が続きました。状態が悪い時には、2〜3日に一度、時には毎日のように通院したこともありました。だから、初めて4週間も間を空けられることが、本当にうれしかったのです。そして、この日。顎の洗浄もなくなり、毛もふさふさに生え、傷もふさがったことで、ララちゃんはずっとやってみたかった土掘りに初挑戦しました。土掘りをさせてもらったのは、長年交流のあるフレミッシュジャイアントのお友達、こいもちゃんのお家です。初めてフレミッシュジャイアントをお迎えされた頃から交流が始まり、今でも私のことを**「フレミッシュ先輩」**と呼んでくださる、大切なお友達です。ところがララちゃん。夢中になって土を掘るというより、土の上でのんびりまったり(笑)。鼻の下には、ちょびひげのように土までつけていました。そんなララちゃんらしい姿を見て、思わず笑ってしまいました。こいもちゃんは当時5か月で5.2kg。ララちゃんは7.5kg。こうして元気な姿で並んで写真を撮れたことも、私にとって大切な思い出です。ララちゃんが膿瘍になってから、私がたどり着いた答えがあります。それは、「膿瘍と上手に付き合っていくこと。」完治だけを目標にするのではなく、その子が今日も食べてくれたこと。今日も穏やかに過ごせたこと。そして、こんなふうに新しいことを楽しめたこと。そんな一日一日の積み重ねが、何より大切なのだと感じるようになりました。その考え方を最初に教えてくれたのは、膿瘍の先輩だったリリィたん。そして、その想いを改めて私に教えてくれたのがララちゃんでした。次回予告穏やかな時間は、永遠ではありませんでした。次回、第7章「最期と残してくれたもの」ララちゃんが私に残してくれた、大切な贈り物をお話しします。