“ハレルヤ!主イエスと”(3)


喜び笑う時もある 苦しみ悩むときも

どんなときも主は 共にいてくださる

辛い時もあった 絶望に嘆く日も

どんなときも主は 助けてくださった


どんな困難の時も 主とともに乗り越えて生きる


ハレルヤ!主イエスと 共に歩もう

私はあなたを 愛します

ハレルヤ!主イエスと 共に歩もう

私はあなたを 慕い求めます




この賛美は自分自身の応援賛美として、作った賛美です


これは、高校時代の自分が最も苦しかったときに神さまに与えられた賛美でした。


その時の僕は、神様や教会の人、家族以外には誰も信じられずにいました


友達も先生も、先輩も信じられなくなった時期がありました。

だれを信じて生きていけばいいのか・・・


そんな時に、神様がどんなことでも助けてくださるし、いつもともにいてくださる


だから・・・


がんばれ!オレ!ということで歌い続けていた賛美です

昨日はペンテコステということもありまして・・・


主を呼び求める賛美をしました


教会で!



1、「いなずまがきらめくように」


2、「油の注ぎを」


3、「主よ来てください」


4、「祈りは聞かれる」


5、「風よ吹け」


6、「リバイバルこの地に」


7、「激しい流れのように」


8、「聖霊来たれり」


9、「息よ四方から~主は激しい流れのように~天が開けて」



感謝します☆



聖霊が鳩のように天より使わされ、神の国の平和がこの地に訪れる

天が開けて 主の霊注がれ 神の栄光現れる


息よ四方から 今 この地に吹いてこい



アーメン!

でも、最近思ったことがあります。1番クリスチャンとして歩む上で大切なことは何なのだろうか?それは、心の目をひらくことだということです。今年の僕たちの教会のテーマの箇所を開きたいと思います。第2モテの手紙17節です。


神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です」



という箇所があります。先ほどお話しした、新城教会に行ったとき、24時間連鎖賛美の1番最後に、Takimoto Akira先生、jyun先生、そして、Ariga先生の各先生の列に並んで祈ってもらう時間がありました。そのなかで、Ariga先生に祈っていただいたとき、周りでは賛美が高らかに響いていたのに、はっきりとAriga先生の祈りを聞きました。驚くことに、Ariga先生は「兄弟の上に、力と愛と慎みの霊が豊かに注がれますように。」と祈ってくださいました。他の参加者には違う祈りをされていました。感動してしまいました、「ああ~Ariga先生はこんなに的確に悟り、祈ってくださった~」とすごくうれしい気持ちもありました。聖霊が注がれるためには、もちろん力と愛と慎みが必要です。しかし、僕は、何よりもまず、自分の心の目を開くことも重要だと分かったんです。心の目を開かないと、神様のなされようとされている導きがわかりません。神様にとってよいことなのかということがつかめません。それにより、クリスチャンとしてふさわしくないことを行ってしまうかもしれません。だから、最近、そうだ聖霊様が豊かに僕の上に注がれるために、わが心の目を開いてください!と祈らないといけないと気がつけたんです。






主は私の声に耳を傾け、主は私の祈りを聞き遂げてくださる。祈りは聞かれる、叫び続けよう。それは必ず起こる。主を信じ続けよう、すべてをゆだねて。必ず、起こる。遅れることはない。わが心の目を開いてください。最後に一言お祈りして、ラブソナタでYamakawa先生が賛美されました「天の賛美~その日全世界が」を賛美して終わりたいと思います。


この新城教会のトイレの中で、以前、ZAWAMEKI Chirch Live at 善通寺バプテスト教会に参加した時にお会いした、K Kさんと再会しました。また、Kさんのお姉さまである、Mさんとも出会いました。Kuboさんは、善通寺バプテスト教会のK牧師の息子さんと娘さんであるとのことで、私も記憶にあり、この新城教会での再会を神様に感謝しました。Kubo牧師は、ラブソナタの実行委員長であったため、お2人もラブソナタでご奉仕されていたことも聞き、24時間連鎖賛美が終わってからも、一緒にお食事をし、なぜクリスチャンになったのか?これから、クリスチャンとしてどのような歩みをしていきたいのか?など、共に語り合い、交わりの時を持つことができました。その際に、Mさんから若者賛美集会をやろうという提案があり、6月に行うことまで決定しました。いろんな教会の若者で集まり、賛美をささげていく集会をしようという企画です。そのプレともいえるのが先週の土曜日に行われました。人数は、6人とほとんど聖歌隊メンバーの有志だったので、身内でしたが、すごく賛美の霊が注がれた集会となりました。僕も行って突然、賛美リードを一部お任せされたのですが、神様に導かれた賛美を歌っていくうちに本当に、賛美の霊が解放されていきました。







その集会の後に参加したメンバーで交わりの時を持ったとき、いろいろ話している中で、私自身が口にしたことでハッと気がついたことがあります。「今までいろんな人と出会ってきたと思う。嫌いな人、好きな人、苦手な人いろんな人がいると思うけど、でも神様によってその出会いも与えられているもの。なにかその人との出会いを通して、神様が伝えようとしていることがある。だから、自分から出会いを拒んだり、嫌ったりしてくのは、神様の導きを拒むことであるんだと思う」言った本人である、僕自身が一番驚き納得しました。






僕が大学に入って1番大きく変わったところ、それは友達が増えたということです。本当の意味での友達が増えました。お互い励ましあえる信頼関係の築けている友達です。数えてみると、1年生の友達だけで50人います。みんな、僕の大切な友達ですし、自慢の友達です。僕は、S大学でたった一つだけ、これだけは気を付けようとがんばっていることがあります。それは、「クリスチャンとして歩む」ことです。僕の友達は、みんな僕がクリスチャンであることを知っています。だから、当然、最強のゴスペラー2はクリスチャンなんだという目で僕のことを見てきます。もし、自分がクリスチャンとしてふさわしくない生き方をしていたら、「ああ、クリスチャンってしょせんそんなもんか」と思われてしまいます。そこで、みなさん、ピリピ人への手紙212節~16節を朗読したいと思いますので、開いてください。



「そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいる時だけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことが無駄でなく、苦労したことも無駄でなかったことを、キリストの日に誇ることができます。」(ピリピ人への手紙212節~16節)



僕は、この大学で結構伝道しています。賛美を聞いてもらったり、聖書の話をしたり、教会の話をしたり、証をしたり・・・・でも、人にはみんな神様の時があるから、そういう話の中で、けして「信じろ!教会行け!」とは言わないようにしています。本当にその人が神様を必要とした時、頼ってきてもらえるように、そういう友達でありたいと思ってそのような歩みをしています。友達が、「僕・私は今、○○で悩んでるんだ~~」と話してくれたら、「わかった、そのためにお祈りするよ」とお祈りしたり、友達の考えを絶対に否定しないようにしたり、友達が悩んでたり、落ち込んでたりしていたら、「大丈夫?」と気にかけたり、また、友達の悪口やうわさを自分から流したりしないようにと多くのことに気を付けて歩んでいます。それだからか、今、本当にキリスト教というのに興味を持ってくれている友達や先輩も多く与えられています。すごく感謝なことだと思っています。

「祈りは聞かれる~わが心の目をひらいてください~」





まず、はじめに聖書を朗読します。エペソ人への手紙11819節です。


「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大であるかを、あなたがたが知ることができますように。」(エペソ人への手紙11819節)




みなさん、こんにちは。証リレーのまた新しいローテーションが始まったということで、先週のM兄弟の証に引き続き、2番目として今回は僕が証させていただきます。そして、今日は僕の所属しています聖歌隊のメンバーの皆さんも何人か教会に来てくださいました。感謝します。証を始める前に一言お祈りします。







 今回、あらかじめお話ししておきますが、少し話が長くなるかもしれません。話がいろんなところに飛びますが、最後まで話を聞いていただけたら、必ずすべての話がつながるように構成してありますので、すべて聞いていてください。





まずは、425日のラブソナタ高松~ゴスペルナイト~の時のお話からしたいと思います。あのゴスペルナイトで、私は久しぶりの衝撃的な賛美との出会いを果たしました。高松にハレルヤチャーチ高松という教会があり、そこで歌われているハレルヤ・ミュージックとの出会いでした。代表のYamakawa先生の賛美を聞いて、共に歌っていて、とてもすごい賛美の波が心に押し寄せてきました。とにかくすごいという言葉につき、すぐハレルヤ・ミュージックのファンになりました。とにかく今、CDを聞きあさっているというところです。特に、Yamakawa先生が賛美された「その日全世界が」は、もともと僕の大好きな賛美でもあったこともあり、涙を流しながら賛美しました。







話が変わります。私は、つい先日長年祈ってきたことが一つ聞かれました。それは、先週父がここでスライドショーを使って報告しましたが、愛知県にあります新城教会に行くということです。これは、中学校2年生のころからずっとずっと祈り続けてきたことでした。しかも、24時間連鎖賛美は僕がずっと参加したいと望んできていたことだったので、私は神様に、そして両親に心から感謝して参加していました。ZAWAMEKIはもうCDで何度も繰り返して聞いていて、知らない曲なんてないはずなのに、そこで歌われた1曲1曲が僕にとってはすごく、新鮮なものとして心に残りました。涙を流して賛美した曲も多くあります。賛美の霊が解放され、心から力の限り、神様に賛美をささげた24時間になったと思います。



続く