昭和初期の青春時代4
当時商売人の子供は大学など行く必要はない、との考え方から、親が小売店をしていた為、親の意思で、昼の大学には進学させてもら えなかった。19歳で、公務員4級電気通信省の大阪天満電気通信管理所の採用試験に合格し、堀川電話局に配属されたが、働きながら夜間大学に通っていた為、3年足らずで、管理所に栄転となった、ここで金婚式まで連れ添うことになった妻との出会いとなる、当時初任給は3,500円であった。交際期間は5年の長きにわたり、大学卒業後は毎日終業後デートで、安月給の私達は、喫茶店など高級で行けず、10円のニュース映画を見たり、安い食事を見つけたりで、当時は職場の食堂では、10円で素うどんが提供されていた。交際期間が長い為、プロポーズすることなく、なんとなく結婚する事になっていた。結婚式は、当時としては珍しい、キリスト教の教会で行い、披露宴は茶話会形式で大勢の人に来てもらう計画であったが、親の強烈な意向で、我が家の二階座敷で、極少人数(新郎・新婦・両親を入れても10人足らず)での披露宴をすることにさせられた。