私が通った小学校は小島小学校という学校だった。
地名が小島。東小島とか上小島とかバス停があったから地名が
小学校の名前になっていた訳だ。
何度も言うが長崎は平地がないので小学校も正門から入ると3階建て。
裏門から入ると4階建てという変則の建物であった。
そして段階の世代の名残が残っている世代なので1学年7クラスで
一クラスは45人から48人ほどで構成されていた。
教室が足りなくて一年生は旧校舎・木造校舎であった。
それ以外はコンクリートの学校だが、一年生だけ木造の旧校舎。
裏庭に面しており、暗いイメージだった。
入学してまもなく、給食ナプキン(布製のナプキンを個人個人敷いて使う)を
忘れてしまった。
初めての忘れ物。私にとっては一大事でパニックになった。
下駄箱の前で大泣きした。
必ず自分の鳴き声は家にいる母に届くと信じて泣きに泣いたのだ。
学校から家まで歩いて10分の近さだったから、声が聞こえるとマジで思っていた。
先生は何で私が大泣きしてるのか理由がわからず、手を引いて
教室まで連れ戻した。
私は下駄箱にしがみつき、一歩でも家のそばに居なければこの問題は
解決しないと思い込み、激しく抵抗した。
教室に戻るとみんなが給食を食べずに待っていて、仲良しの近所の女の子
メイコちゃんをはじめみんながなだめてくれて、ようやく私は泣きやんだ。
「どうして泣いてるの?」先生が聞く。
「ナプキンがランドセルに入ってない~」
「ナプキンを忘れたのね。もういいから泣き止みなさい。」
いわゆるわら半紙を一枚机に敷いてくれ、「コレで今日は食べなさい」
と簡単に解決してくれたのだ。
私はナプキンを忘れても紙を一枚敷くことで問題解決したのに拍子抜けし、
そして落ち着いて探してみる何とランドセルの底にナプキンがあった。
その情けなさに再び大泣きして、その学期の通信簿には「理由も無く泣く」と書かれてしまった。
そんな何事にもびくついていたわたしなのに6年生の頃には
ランドセルをしょわずに学校に行ったり、筆箱を持たずに鉛筆を輪ゴムで止めて
消しゴムをポケットに入れて通うような横着な子供になっていたのである。