菅谷さん冤罪事件に思うこと | ふりちんの寅のブログ

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裁判員制度が始まったこの時期にショックなニュースだ。


裁判員は検察からそれが証拠だと言われてしまえばそれを信じ、


判断するしかない。


もし自分がこの裁判員に選ばれて、判断し、何年もたって冤罪となった場合


どういう気持ちになるのだろう。


冤罪の片棒を担がされた一般人はその責任の重さに耐えられるのか?



俺は今まで裁判員制度にもろ手を挙げて賛成していた。


自分の意見で死刑などに追いやる事はできない・・という意見に


被害者側の気持ちが大事という考えが強く、しっかりした気持ちで参加したいと考えていた。


しかし、その有罪となる判断材料自体に問題があったと知らなければ


冤罪を作り出してしまう可能性がある。


有罪の証拠は警察、検察が作り出す?ものでそこに疑問を持つことは出来ないとしたら。






最近テレビドラマの題材に裁判を取り上げたものが多いのも裁判院制度が


始まったからであろう。




作られたドラマよりも考えさせられた問題である。




そして最近国会でも議論されている時効の問題。


足利事件は時効になるとか、ならないとか。


犯罪に時効は必要なのか、時間経過で罪は許されるのか?


時効制度は犯罪の新たな証拠が出にくい、捜査に金がかかりすぎる、犯罪者は


安眠も出来ず逃げ回っていることで精神的な罪を受けている?など


いろんな理由が挙げられているが、時効なんて必要ないような気がする。


事件はお蔵入りとして警察が手間を取らなくなっても、事件・罪をなかったことに


する必要なないのではないか。


何かに別件で真犯人がわかれば、その事件も含めて罪は負わせればいいのではないか。




菅谷さん、おめでとう、お疲れ様でした。


なんと声をかけていいのか。