我が庭に猫が住み着いている。
決して飼っているのではない。
東京のはずれのこの地区は最近は回りはベッドタウンとして開発され
向かい側の山は切り崩されてマンション群が立ち並んでいる。
しかし、こちら側は古くから農地として存在したために、地元農民は開発を嫌がり
結果自然と不便さの両立する村落のまま残っている。
うちも亡くなった義父は畑仕事一本で食ってきた貧農であった。
庭には農機具小屋なのか今にも倒れそうな小屋があり、物置としていろんなものが収まっている。
猫はそんな各家の物置を夜はねぐらとして、昼は日向ぼっこに庭に時間をすごしている。
私も結婚前に猫を飼っていた。
あかんぼの頃からいつも猫がそばにいて育った私は大の猫好きである。
その猫は女房の実家、つまりこの地区に生まれた子猫を一人暮らしの私が寂しがるために
女房が子猫を持ってきてくれたのが始まりである。
やがて私はその女を女房として一緒に暮らすようになり、当然、猫も同居を始めた。
夫婦は子供ができるまでこの猫をかわいがり、ピクニックにも旅行にも連れて行ったし、
海水浴にも行った。猫は迷惑だったろうが、一匹で家に何日も置いて置けなかったのである。
時が経ち、二人の子供が生まれ、女房の古い実家を壊しそこに新しく家を建てた。
でも、もともと猫好きでない女房は・・実家の家人たちは猫を家で飼うという
意識がないのか外に出してしまった。
考え方の違いというか、猫は外・・・つまり小屋で過ごし、庭で遊ぶにはかまわぬが家には
入れぬという考え方らしい。
猫に触れたければ小屋もしくは庭に行け・・・ということなのだ。
家を建て替えた頃はまだ義父も畑仕事をしていたし、私はサラリーマンで昼は外出して
いるので、義妹たちも、わが子も猫は外で触れ合うものが当たり前になっているのか
猫を家に入れる入れないで話し合ったことも少ない。
只、私は猫を抱えて家に入ろうとすると女房は子供が喘息だから・・とか、新築の家が泥だらけに
なるとか言って拒んだのであきらめて実家の習慣に従っていた。
独身時代に飼っていた猫は現在いる外猫の曾曾曾ばあさんに当たるらしいが、当初外に出された
時は兄弟やそのいとこ猫にいじめられ傷を負っていたがいつの間にか一族になじんでそれなりの
生活をしていたようだ。
当初は窓の側でじっとして、私が窓を開け抱きかかえられるの待っていた時期もあったが、
仕事から帰ると夜も遅くなり、相手もできない。猫も理不尽ながらも環境になじんでくれたのだろう。
私が単身赴任で地方に行っていたときに死んだらしく、子供たちは私がかわいがっていた猫だ
というので庭に埋めて墓標を立ててくれたりした。
代は移り、孫猫・ひ孫猫たちが小屋に居つきずっと猫は身近にいるが、考えてみると
この地区の猫はみな同じ毛足の長いキジトラ猫が多く、たまに違った毛色の猫も見かけるが
我が家にいる猫も畑のあぜにいる猫も「ノンノンばあの社」にいる猫も同じ種族らしいのだ。
三毛や白い猫はほとんど見かけることのない地区である。
代々その毛足の長いキジトラ猫の種が生き残って、子孫を広げ、また滅亡しかかり
それを繰り返しているらしい?
一時私は同じ猫が長生きしてるものと勘違いしていた。
それが義妹や子供たちの話から孫猫・ひ孫猫だと知ったのだ。
義妹は私が女房と結婚した頃はまだ小学生を卒業していなかった。
家に行くと恥ずかしがって猫を抱いて小屋に隠れるような子だったので、猫には一番詳しいし
子供たちも自分の成長ともに猫が生まれるのでかなり詳しい。
生まれてくる子猫をかわいがるのは子供の情である。
私はいつ子猫が小屋で生まれ、いつ妊娠したかも知らないわけで、
顔も見分けがつかないのである。
名前もあるのか、ないのか・・・えさも誰があげているのか、わからないが代は変わっても
一族は残っている。
えさのことは・・実は私は猫好きなので時々隠れて置いておくような行為もするが毎日与えるわけでも
なく、同じようにどこかの誰かが庭に見つけたときに、そっと置いておいたりするのだろう。
考えてみると人間よりもこの地区に長く土着している一族かも知れぬと恐ろしさも覚えたり
するのである。
ここが開発されてマンション工事が始まれば・・彼らはどこへ行くのだろう。
平成ぽんぽこ狸合戦ではないが、猫一族がこの地区の開発を拒んでいるのかも知れぬ。