ルーキーズもそうだが、科白がみんな喧嘩ごし。
「てめえ、ちゃんと投げろ!」
「うるせえ!てめえにキャッチャーできんのかよ」
・・・・・
「こんくらいの傷痛くもなんともねえよ」
「おめえだけが痛いんじゃねえ!みんなが痛いんだよ!」
・・・・・
これは先日の撮影で撮った時の科白
先日TVで252を観てたらレスキュー志望の若者の喧嘩ごしの会話。
あんな物言いをしたらチームワークどころじゃない。
ドラマでは何か気に入らないことがあれば殴りあう。
会話は全て喧嘩ごし。
俺は人生の中で誰かに殴られたら一生その痛みを忘れないだろう。
殴られた痛みは忘れても心の痛みは忘れない。
そして殴ってきた奴との友情は成立しない。
ごくせん なども 乱暴な若者を扱ったドラマ、俺はごくせんも252もルーキーズも
そういう部分で好きになれない。
若者はアレを認めてみているのか?ワーキャー言ってる女性ファンはどういう気持ちで見てるのか?
ふりちんは幸いにして喧嘩してグーパンチを貰ったことはない。
殴ったことはあるけど・・・
人間を殴った時の感触。
大きな豚肉のブロックを殴った感触をこぶしに感じる。グニャっとした感覚なのだ。
そして殴ったほうの心も痛い。
ふりちんは人生で何度かストリートファイトを経験した。性格には5回。
友人を殴ったことはないが、見も知らぬ人間をいさかいの末殴った。
いちゃもんを付けられて・・・喧嘩を売られて・・・喫煙を注意して喧嘩になって・・・
東京に上京したばっかりのときに電車の中で煙草を吸うチンピラに注意して喧嘩になった事がある。
西武線高田馬場に到着。電車が止まらないうちに煙草を取り出して火をつけたチンピラ2人。
ふりちんの田舎には電車は無く、汽車という言い方をする。
汽車は禁煙ではない。ふりちんはそのチンピラも田舎モンで公共のマナーを知らないのかと思い、
「電車の中は禁煙ですよ」 と 丁寧に注意した。
「なんだァてめえ!」
威嚇するように上から下までじろじろ見られ「もういっぺん言ってみろ」
「だから電車の中で煙草を吸っちゃ駄目なんです」
「こるらァ!誰にモノ言ってんだァ~」男は立ち上がり手に持った煙草を突き出しながら、
「眼ん玉焼いてやろうか、ああー」
俺は後ろにあとずさりながら周りを見回した。
サラリーマンは寝た振りをしたり、あわててドアに向かって行く。
ドアが開いた瞬間俺は手が出ていた。
煙草を振り落とし、相手を殴った。その後も見ずに開いたドアからサラリーマンを掻き分けて
電車を降りた。懸命に走って人の波に隠れて逃げた。
それが人生で初めて人を殴った経験だった。
35歳の頃、夜掃除屋のバイトをした。コンビニやファミレスの深夜の掃除。ガラス拭き。
ケンタッキーを掃除して掃除道具を洗って店の前に並べて車に積み込もうとしてた時に
ひとりの酔っ払いがバケツを蹴り飛ばした。
掃除道具を蹴られたときに自分の仕事を馬鹿にされた気がして許せなかった
呼び止めて振り返りザマ殴っていた。一瞬自分を失っていた。
倒れた彼を起こすべく手をひいて立ち上がらせようとしたが、彼はおびえて走って逃げ出した。
リーダーが気がつきあわてて道具を積み込むとその場を車で逃げた。
このように何度が人を殴ったことがあるが、それは関わりのない人間でその場の雰囲気で
喧嘩になって殴ったことはある。
しかし友人や上司や部下を殴ったことはない。
そしてドラマのように喧嘩ごしでモノを言ったこともない。
今の若者はああいったドラマを見て、社会人になったときにすぐに切れて人を殴ったりすることが
ないか心配になる。
男ならプライドを傷つけられたら、殴ってでも自分を守らないといけない時があると思う。
しかし252の市原隼人はなんにでもすぐに切れ相手を殴る。
いや役者は台本に従って演技しているだけだ。そうすると作家が単純な乱暴者なのか。
喧嘩をし、友情が高まって目標を達成するみたいな単純な展開しか書けない作家が情けない。
ごくせん も ルーキーズ も 252 もその為に若者に喧嘩ごしで会話をさせ、人を殴らせる。
おそらくその手の作家は人を殴った痛みを知らず、殴られた心の痛みが
消えることがないのを知らないのだろう。
それをまともに受けて乱暴者になるとは限らないが、今のゲーム世代の若者は鵜呑みに
してしまいそうで何らかの社会的影響があると心配するのだが・・・