お休みしてました。
毎日覗いていただいた方すみませんでした。
携帯で更新する方法知らなくて・・・正しいおじさんのありかたです。
なんと入院中に兄が泣くなりました。
時々ココにも登場したいじめっ子の兄です。
嫌いな兄貴でしたが、病院に外出許可をもらい
名古屋まで行きました。
そこにはお棺に眠る兄の姿・・・・
兄は糖尿病を患い、壊疽から大腿部切断、脳梗塞など一気にわずらって
植物人間状態でした。片方残った足を同じく爪からばい菌が入って壊疽を起こし
切断しなければならなくなったときに既に自分の意思を表示できずに医者と周りの身内の判断で
切断手術。両足無い状態でベッドに寝てるだけ。
食事も最初は付き添いが食べさせてあげてましたが、肺に入るようになり管を入れて
流動食を直接流し込んで・・・という状態で3年寝たままでした。
お見舞いに行っても何の反応もなく、生かしておくべきなのか本人は生きたいのか死にたいのか
の気持ちも語ることが出来ませんでした。
今回発熱で危篤になって、入院中の私は今回はお見舞いにいけないな・・と思ってました。
しかし翌日他界したと聞き、病院のベッドで一晩考えお通夜にはどうしても行きたくなって
無理をお願いして病院を抜け出し、手術で痛む腹をおさえながら新幹線に・・・・
兄貴は私と5つ違い。子どもの頃はどうしても腕力じゃ勝てない。
いつもちょっかいを出され、こずかれ、プロレス技をしかけられ、泣かされてばかり。
世の中であんなに嫌なやつはいませんでした。
中学生になって兄貴の前で泣くから面白がってちょっかいを出すんだ・・・
もう兄の前では涙は見せないと誓い、私の力も強くなりいじめられたり、泣くことはありませんでしたが、
兄の遺体を見ては涙が止まりませんでした。
二度と泣くもんかと誓ってから今まで溜まった分が全て一気に流れてきて
兄貴の前では泣き虫の俺でしかないんだなとしみじみ思ったです。
長崎南高等学校8回生 A田正順 享年56歳 平成20年8月23日 永眠
(同窓会には後日連絡します。)
はやすぎる死ですが、よく頑張った。
辛いとも苦しいとも文句の一つも言えず(言わず)、
神さまも兄貴の辛抱強さに根負けして、天国に召してくれたのでしょう。
そして残された家族や子どもたちに身をもって、「人生とは不平や苦しみがあっても
文句を言わずに生きなさい」と無言の教えを残して旅立ちました。
長男である兄貴は子どもの頃から長男という立場をよく理解し、文句も言わず愚痴も垂れず
人生を生き抜いた 俺の自慢の兄貴 です。 安らかに眠ってください。