以前、取引のあった不動産会社では、
マンションや住宅の廊下に手摺りを一切取り付けていませんでした。
他社の住宅が当たり前のようにバリアフリー住宅を歌って手摺りを初めから設置している中、
なぜ手摺りを付けないのか?を設計担当者に聞いたら
「普通に成果できる人にとって手摺りは廊下を狭くして邪魔以外何物でもありません。
だから付けないのです。
でも、将来手摺りが必要となったら簡単に取り付けられるように、
壁を補強しているのですよ」とのこと。
なるほど!
これが健康な人も身体が弱い人も、
どちらも快適に過ごせるやり方なのですね。
以前、とある商業施設で買い物をしようとしたら、
エスカレーターの速度がイライラするくらい遅いのです。
お年寄りに配慮して速度を遅くしたようなのです。
しかも「エスカレーターでは歩かないでください」とも言われます。
一般の人にとっては使いにくくてたまったものではありません。
例えば(可能ならばですが)12時までは速度を落とし、
12時以降は通常に戻すなどの工夫をすれば、
どちらも喜べる仕組みになりそうですよね。
「身体が不自由な人でも食事ができる食器です。
ぜひ使ってください」とプレゼントされたものがあるのですけど、
使いにくくて難儀しました。
弱者に優しい社会が理想ですけど、
弱者を基準とした、
弱者に合わせた社会は生産性がガタ落ちしてしまいます。
頑張りたくても頑張れない人を応援するのは素晴らしいことですけど、
頑張らない人を基準にすると、
全体のレベルが下がってしまいます。
私はまだ身体が動きますから、
こんな意見が言えるのもしれません。
この先に体力が落ちたら考えが変わるかもしれません。
でもね、
できれば頑張る人の足を引っ張るようなことがないように気をつけたいと思っています。
そして今の仕事では、
その人の体力や価値観に合わせた靴を提案して、
(例えば若い人に健康には良いけどダサいデザインの靴より、ある程度快適さは落ちるけどオシャレな靴をお勧めするなど)
皆んなが喜べるようにして行きたいと思っています。
