わけがわからぬまま、頷いた紀代美の前に京薬味の吟醸豆富サラダが置かれた。
茹でたての茶豆、かぼちゃのチーズ焼きが続く。
見た目も味も最高のおばんざいが次々に運ばれてくる。
その全てに見覚えがあった。一つ一つに治夫の笑顔が、声が、思い出がついてくる。
紀代美はいつの間にか泣きながら箸を進めていた。
テーブルにそっとおしぼりが置かれる。先程の女性だ。
愛おしそうに見守る目に、思わず紀代美は口を開いた。
「すいません。いきなり泣き出しちゃって」
「構わないですよ」
カウンターの中の熊が、心配そうに首を傾げて見つめている。
「あの、失礼かもしれませんが訊かせてくださいますか」
「あ。はい、俺でよければ何でも」
「一年前に、一度だけしか来なかった私のことをどうして覚えてられるんですか? 」
熊は小さく微笑み、のっそりとカウンターから出てきた。
その手に一枚の封筒がある。
「これ、読んでもらえば判りますよ」
差し出された封筒に書かれた字が記憶の扉をこじ開けた。
几帳面な丸文字と笑ったことがある。治夫の筆跡に間違いなかった。
「これって」
「そう。貴方の御主人からです」
日付は去年の六月二日。治夫が入院した翌日だ。
封筒には白い便箋が一枚と、二人が映った写真が入っていた。