「お父ちゃんのこと、覚えてるか」
饅頭が口に詰まっているため、健吾は首を横に振って
答えた。

「そやろな、健吾がまだ二歳の頃や。ちょうど今ぐらいかな、
まだよちよちとしか歩けへんお前を連れて、お父ちゃんな、
凧揚げに連れてったんや」

饅頭を手にもったまま、健吾は、じっと母を見詰めている。
何か必死で思い出そうとしているかのようだ。

「大きな凧でな、おまえも嬉しそうにみていたなぁ…
どうしても持ちたい、って言うからお父ちゃん、その凧を
お前に渡したんや。
体より大きかったかもしれへん。
そしたらな、いきなり強い風が吹いて、お前が道路の
真ん中に転んでしもうたんや」

せっかく拭いた涙がまたあふれ出し、仁美のエプロンを
濡らした。
「そこに、車が走ってきた。お父ちゃん、おまえを
かばってな。大して体も大きくないのに、車に
勝てるわけあらへんやんな」

仁美はそこまで話して、仏壇の夫に笑いかけた。
優しい夫だった。
大好きな夫だった。
命、だった。

「たぶん、その時の思い出が健吾に残ってんのやな。
そやから凧が怖いんよ」