「な」
「うわぁ」

腰を抜かしかける二人の前で、人の形になった煙は、
「たすけて」
と一言だけ言って箱に吸い込まれていった。

「凄いなぁ。怪奇現象って初めて見たよ、僕」

「黙って」

「たすけて、って言ったよね。怖いなぁ…凄いなぁ…
どこかに投稿しようかな」

「もしもーし。聞いてる?黙れってば。考えられないでしょ!」
麻理の抗議も、志郎には全く聞こえていないようだ。
かなりマイペースな男なのかもしれない。
おかげで恐怖が和らいだ。

「でもあれだな、さっきの煙、誰かに似てたな」

もう一度動き出しそうな箱をまじまじと見つめ、志郎が
気になることを言った。

「誰かって…誰よ」

「ほら、穂絵夢ちゃんに似てたでしょ」

「知らないわよ。何その穂恵夢ちゃんて。どっかの観光地の
お土産?」

「やだなぁ、闘う街頭詩人の穂恵夢ちゃんだよ。知らないの」

知ってる方が不思議だ。なんだよ、闘う街頭詩人てば。
唇を動かさず、噛み締めた歯の奥で麻理は文句を言った。
ちなみにバイト中に腹が立つことがあっても、麻理はこの技で
いつも難なく乗り切っている。
暗黒の腹話術師と自らを自嘲していたのだが、思わぬところで
役に立ったわけだ。