「判ったわ。許してあげてもいいわよ。恋という勝負は、惚れた方が
負けだから仕方無いわ。今度はいつまで居てくれるの?」

「しばらくはな。あいつらも一緒だから」
十兵衛は顎で連れを指し示した。

「頭領様のところに厄介になろうと思う。」

「仁衛門様?喜ばれるわ、きっと。じゃ、後で」

名残惜しそうに十兵衛の腕を振り解き、紫近太夫は道中に戻った。
その姿を見送り、十兵衛は又佐らと共に一軒の揚屋に向かう。
吉原の中でも一番の大店、伊達長。
そこに吉原の頭領とも呼ばれる人物がいる。
名を庄司仁衛門。この吉原の創設者とも言われているが、正体は全く判らない。
齢七十近いはずなのだが、どう見ても五十そこそこにしか見えない。
鉄で出来たかのような体に、異相とも言える大きな顔が乗っている。
仁衛門はその顔で、能楽の翁のように微笑み、十兵衛を出迎えた。

「ひさしぶりです、庄司様」

「十兵衛殿。本当に十兵衛殿か?えらく円やかになられたようだが…」

「歳のせいでしょう。」

「ならばワシなどはもっと円やかになっていなくてはならんの」
からからと笑う仁衛門が、そろりと言葉を放った。

「天海僧正の件で来られたか」

三十八へ