松岡はあの頃を思い出していた。
確かに、沈みがちな己の心を暖めてくれたのは
室井の微笑みであった。
固い石で出来た狛犬が、縫いぐるみのように
柔らかくなったのは、室井の微笑みのおかげであった。

己の二十年を振り返り、松岡は愕然とした。
原因が父の死だったとしても、その後の人生を
選んできたのは己自身だ。
どんな時でも笑顔でいることは、確かに辛い。
それだけではどうしようも無い事も、確かにあるだろう。
だが、それでも笑顔でいる方がいい。
俺はただ単に、辛い時に辛い顔をしてきただけだ。

いつの間にか松岡は、声を殺して泣いていた。
「すいません、先生。もう少しだけ泣かせてください。
 その後、ちゃんと笑顔になれますから」


その日、松岡を待つ教室の生徒は思いがけないものを見ることになった。

「みんなおはよう。」
そう言いながら、松岡が笑顔で入ってきたのだ。
そして何よりも皆が驚いたのは、その笑顔が意外と素敵なことであった。




乱蔵から皆さんへ。
今日もお疲れさまでした。
明日、あなたが笑顔でいられますように。
おやすみなさい。