引き渡し日がやって来た。
ハッピーは落ち着かない様子を見せている。
いつも、朝から顔を見せる謙司が来ないのだ。
謙司はハッピーに会わないまま別れようと心に決めていた。
その方がどちらにとっても良いと頑なに言い張った。

「本当に良いのか」
桂が話しかけたが、謙司には聞こえていないようである。
食い入るように庭先を見ている。

きゅーん
悲しげな声が刑務所内に響く。

その声に促されたように、謙司が立ち上がった。
「桂刑務官。行ってもよろしいですか」

「判った。急げ」

謙司が走り出した。
桂も後に続く。

「ハッピーッ!」
叫びながら駆け寄り、謙司は里親の前に座り込んだ。
生まれて初めて謙司は、他人に頭を下げた。

「どうか、どうかハッピーをお願いします。
こいつは、名前はハッピーでも、ちっとも幸せじゃなかったんです。
どうか、お願いです。幸せにしてあげてください」

そう言うのが精一杯であった。
乾いた地面に涙の雫が丸い跡を付けていく。
足を引き摺りながらハッピーが近づき、大丈夫ですかと
でもいうように体を擦り付けた。

「愛田さん、でしたね」
横山が優しく、謙司の肩を抱きしめた。

「任せてください。ハッピーは私たちの息子です。
そして、どうか忘れないでください。ハッピーをこれまでに
育ててくれた貴方も私達の息子です」

謙司は返事ができない。
ただ、泣くことしかできない。
その涙の味をしっかりと覚え、ハッピーは刑務所を後にした。