「あの、今の…空手、ですか」

「えぇ。私の道場で教えている流派です。」

啓吾は、自分でも驚くような勢いで男に頼んだ。
「私、私でも出来ますか、その空手で強くなれますか」

男の答えはシンプルなものだった。
「えぇ、誰にでもできます。でも、強くなれるかどうかは
その人次第だ。良かったら、今度見学にいらっしゃい」

美濃浦、と名乗る男は、ポケットからメモを出し、
道場の所在地と電話番号を書いて渡した。
そこには、「円極流空手」と記されてあった。

次の日、妻には遅くなるからと連絡し、啓吾は
会社から道場へ向かった。
鞄にはジャージが入っている。
連絡した時に、美濃浦が「動ける格好で」と言ったからだ。
少し迷ったが、どうにか道場にたどり着けた。
プレハブの倉庫を間借りしているらしい。
一枚板の看板に、黒々と「円極流実戦空手滋賀支部」とある。

中からは、ビシッ、という鋭い音が聞こえていた。
恐る恐る、啓吾はドアを開けた。
先程の音の正体が解った。
何人か居る練習生の一人が、サンドバッグを蹴っている音だった。
啓吾と同じくらい大柄な若者が、無心にサンドバッグを蹴っている。
蹴られるたび、重そうに見えるサンドバッグは大きく揺れていた。
奥でウェイトトレーニングをしている若者が、啓吾に気づいた。

「こんにちは。何か用ですか」

「あ、すいません、あの、見学に来たんですが、美濃浦さんは」

「師範ですか?ちょっと待ってください」
若者の呼ぶ声に二階から返事が来た。

「ほいよ。今いく」
二階から降りてきた美濃浦は、あの時と違い、空手着だった。
純白の空手着に身を包んだ美濃浦は、侍そのものであった。