「この辺りでよかろう」
相手に聞こえるように言う。
背中の荷を降ろし、長竹刀を手に取った。

「この俺を大石と知っての狼藉か」
振り向き様に、得意の喉突きを見舞うつもりだ。

「大石殿。その手は効かぬよ。一度見たからな」
聴いた事のある声が皮肉気に大石の背に投げかけられた。
驚いた大石が振り向くと、そこには小柄な侍が立っていた。
聴いた筈である。
それは千葉周作であった。

「ち、千葉様。何故ここに」

千葉は、にんまりと微笑むとゆっくり歩み寄ってきた。
「そなたに頼みがあって参った。わしの主に会って欲しい」

「主とは、徳川慶喜公のことか」

千葉の笑みが異質なものに変わっていく。
人のものとは思えぬ微笑みを見せる。
「違う。我が主は天海僧正ただ一人」

「天海とは…あの天海か、たわけたことを」
大石が長竹刀を捨て、腰の刀に手をやった。
命のやり取りになる気配を察したのだ。

「貴様、何者。千葉殿ではなかろう。」

大石の問いに、言葉よりも雄弁な答えが返ってきた。
千葉の肉体が異様に膨れ上がっていくのだ。
たちまちのうちに、その体は倍以上に膨れ岩山の如き肉槐に変じた。
「千葉周作という名は捨てた。
我こそは天海僧正をお守りする四天王の一人、広目天。
我の他に既に二人揃っておる。そなたで最後だ。
光栄に思え」

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