「パパー。こっちだよー」
恵理子が大きく手を振る。あどけない笑顔だ。
周りにいる患者たちは、あまりの声の大きさに
驚いたように恵理子を振り返る。

周平はぎこちなく手を振り返した。
昼過ぎの徳岡病院の中庭は、リハビリを兼ねた患者達で
溢れている。
その中で、恵理子は元気良く、手を振り続けていた。

恵理子が入院してから既に2ヶ月が経っている。
怪我はもう、治っていた。
だが、心の傷は恵理子を蝕んだまま、離そうとしない。

あの日、恵理子の精神は10歳当時に返ってしまった。
そして未だに、彼女は子供のままだ。

一人前の女性が、10歳の子供のように振舞う。
その姿は、時に微笑みを時に不安を周りに与える。

周平は、一刻も早く、本当の恵理子を心の牢から解放してやりたかった。

誰が悪いというのではない。
目の前で、大切な家族が殺されてしまったのだ。

その時の衝撃は、心優しい恵理子にとって、
あまりにも大きかったに違いない。
自我を殺されない為に恵理子は10歳という
年齢に逃げ込んだのである。