「父さん。母さん。」
そう言うのがやっとだった。
そこから先の言葉は、全て涙に変わっていった。

「何があったか知らないけど、あんたの時計はまだ止まっちゃいないからね。またいつでもお好み焼き食べに来なさい」

登紀子さんに見送られ、私は故郷を後にした。
部屋に戻ろう。
まだ私は止まっちゃいないから。

手動式だから、ネジを巻くのを忘れただけだ。

金木犀の香りが漂ってきた。

もう少しで着く。

部屋の鍵を探す私は、優しく肩を叩かれて振り向いた。
彼だった。

「よ。久しぶり」

「どうしたの、急に」

彼は、真っ直ぐに私を見つめ、言った。

「勝手な男だって怒ってくれても構わない。
駄目だったらそう言ってくれ。
俺、もう一度君とやり直したい。
間違っていたのは俺だ。君の傷みも、悲しみも、俺に分けてくれ」


時計が動きだした。

金木犀の香りの中、私はゆっくりと頷いた。

また、夏が好きになれるかもしれない。