「ど、どないしまんねや、十郎太はん」
固まったまま、ひょうすべが囁いた。
大声が出せない。
それどころか、指一本動かせない。
動かしたが最後、斬って落とされるに違いない。
そう思わせるだけの殺気が、塊となって圧し掛かってくる。

「ひょうすべ。ならば、おまえに一つ頼みがある」

「へぇ、そりゃ何でもやりまっさ、と言いたいところでっけどね。
わて、役に立ちまっか?」

「役に立つとも。いいか、俺は今から奥の手を出す」
十郎太は、懐から小さな筒を出した。
笛のような吹き口が付いている。

「奥の手て、笛…でっか?」

「都の外でな、苛々しながら待ってる奴がいるんだよ。
これは、そいつを招く笛だ。吹けばたちまち現れる」
十郎太は、颯爽と笑った。

「ただな、少々ややこしい奴なのさ。俺に、もしもの事があれば、
ひょうすべ。悪いがお前、そいつを連れて先生のもとへ逃げてくれ」

「十郎太はん。あんさん、死ぬ気でっしゃろ」
ひょうすべが、この何年も都で見てきたもの、
それは、覚悟を決めた志士達の死に様だ。
己の死をもって国を変える、そう決めて奔走する志士達の顔は、
今も尚、ひょうすべの胸に焼き付いている。
その志士達が見せた笑顔が、十郎太のそれに重なった。