少年は鞘を一旦、背中からおろし刀を納めた。
韋駄天と呼ばれた柴犬が、撫でて欲しそうに足元にまとわりつく。
しゃがみこんだ少年の鼻をペロペロとなめ始めた。
それを微笑ましげに見ていた十兵衛が話しかけた。
「坊主…凄い技を持っているな」

十兵衛の姿を振り返りもせず答える。
「坊主じゃないよ。おいら、太郎丸。こっちは韋駄天。」

「その刀も凄い」

刀を褒められ、初めて太郎丸が振り向いた。
「斬月って言う。なぁ、おじさん。どこまで行くんだい」

屈託の無い笑顔だ。まるで足元の柴犬と変わらぬな、と
十兵衛も笑った。
「おじさんではない。拙者、柳生十兵衛。こっちが頑固爺」

「若」

「はは、すまぬ。こっちが又佐。俺たちは江戸まで行く」

太郎丸の瞳が輝いた。
「なら、俺を用心棒に雇わないか?俺たちも江戸に用があるんだ」

又佐が気色ばんだ。
「太郎丸とやら、おぬし、柳生十兵衛という名に聞き覚えがないか」

太郎丸はあっけらかん、とした顔だ。
「しらねぇ。おいら、ずっと山で育ったから。」

又佐を制しながら十兵衛が問うた。
「何故、江戸に向かう?」

今まで明るかった少年の顔が悲しげに曇った。
「おいらの…お婆が、病気になっちまった。薬がいるんだ。
里には薬草しか無い。江戸に延命丸っていう良い薬が
あるって聞いた。それを買いに行く。」

「そうか…又佐、知ってるか?」

「は、噂には聞いたことがあります。何でも、どんな病気も
たちどころに治してしまうとか…ただ」
答える又佐の顔つきが妙に暗い。

「ただ、何だ」

「妖しげな宗教が絡んでいるとか…」

十兵衛が太郎丸をじっと、見つめた。
「その薬、高いのではないのか」

太郎丸もまた、十兵衛を見つめる。
「だからさ。俺を用心棒に雇ってくれ。俺は強いよ」

またもや又佐が気色ばんだ。
「おぬし、だから言っておるだろう、柳生とは」

「又佐、よい。太郎丸って言ったな、よし。
判った。頼むよ。助けてくれるか」

太郎丸の瞳に少年らしい輝きが戻った。
「本当かい?よし、おいらに任しときな。」

胸を張って先頭に立つ太郎丸。その後を韋駄天が続く。
十兵衛はそれを微笑ましげに見ている。
苦虫を噛んでいるのは又佐だけだ。


十九へ