最初に悲鳴をあげたのは麻美だった。
幸一が咄嗟に麻美と隆司をかばって前に出る。
その三人を庇ったのが樋口だった。

「な、なんだあんた」

「あぁ?なんだじゃねぇよ。てめぇこそ誰だよ、俺の可愛い
子供らを誘拐しといて何言ってんだよ」

樋口は背中に向けて小声で聞いた。
「本当か?あれがおまえらの言う親父か?」

言葉よりも雄弁な答えがそこにあった。
全員が歯を鳴らしながら震えているのだ。
父親の姿イコール、暴力であった。

「な、そうだろ?さて、どう落とし前付けてくれんだよ。
警察いこか、おっさん。あぁっ?!」
中田は、恫喝だけで世の中を渡ってきたような男だ。
こんな場面では、その技を思う存分揮ってくる。
だが、中田が驚いたことに、目の前にいる男には
得意の恫喝が全く効いていないようだった。

樋口は今にも崩れそうな気持ちを必死で押さえていた。
暴力は彼の最も苦手とするものである。
別して、中田のようなタイプの男は、町で見かけるだけでも
震えが来るほどだった。
しかし、萎えそうな彼の心を支えるものがあった。

それは、背中に感じる、幼い子供達の温もりだった。

(俺は事故の時、家族を守れなかった。今度こそ、守らなければ)
その思いが樋口に勇気を与えたのだ。


十九へ