くぅーん

謙司の手を舐めてくる。

「ハッピー、ハッピーよぅ、おまえなんでここに」

謙司の手に何かが落ちた。
よく見るとそれは、抜け落ちたハッピーの牙であった。

「おまえ…こんなになるまで俺を」
ハッピーを抱きしめ、謙司は声をあげて泣いた。

「だめだ。これ以上、俺を咥えて上がったら、お前は
ボロボロになっちまう」

涙を堪え、謙司はハッピーに言い聞かせた。
「いいか、ハッピー。おまえ一人で家に戻って、
横山さんを呼んで来てくれ。出来るな」

だが、ハッピーは動こうとしない。
謙司が心配でならないのだ。

「ハッピー。俺は絶対死なない。いいか、ここで
おまえが帰ってくるのを待っているから。
俺はお前を信じる。お前も俺を信じてくれ」

ハッピーは人を信じることが出来ずに、幸せを逃してきた犬だ。
そのハッピーが、この瞬間、謙司を信じた。
よろよろと立ち上がると、謙司の顔を一つ舐め、
崖の上に向かって走り出した。

「た、頼んだぞハッピーッ!」

その声を背中に受け、ハッピーは走る。
人を愛し、けれど人に裏切られた不幸な犬が、
今また人の為に走り出した。
その足は既に血まみれである。
その口からも血が滴っている。
けれど、ハッピーは走り続けた。