俺が煙草を止めた
きっかけかい?
長くなるけど構わない
か。OK。判った。


このジッポーのせい
なんだ。女から貰った
んだけどな。


彼女は長い黒髪をかき
あげ、煙草をくわえた。
その頃流行っていた
のは長くてスリムな
煙草だったが、彼女が
くわえたのはショート
ホープ、いわゆる
ショッポってやつだ。

で、ジーンズの尻
ポケットからジッポー
を取り出すと手馴れた
ワンアクションで
見事に火を点けた。
ついでに俺のハート
にも火が点いた。

付き合ってみると、
やたら渋い女だった。
弾くギターは黒い
テレキャス。
聴く音楽はトム・
ウェイツ。
飲む酒はジン。

まるっきりクリッシー
ハインドのような女。
けれど俺と寝る時には
マドンナになる女。

彼女の部屋には黒い猫
がいた。
俺が煙草の煙で輪っか
を作ると、いつも
じゃれついてきた。
それが面白くて二人
笑いあった。

都会の片隅で傷を舐め
あうような、ヒリつ
いた日々が続いた。
彼女が故郷へ帰る事に
なり、そんな切ない
暮らしは終わった。
最後の日、彼女の部屋
でいつもみたいに
煙で輪っかを作った。
猫がじゃれついた瞬間
、輪っかがハートの
形になった。

そしてすぐに消えた。

一人になり、煙草を
くわえ、火をつけた。

けれど、彼女に貰った
ジッポーはうまく
点かなかった。

その日からずっと
点かないままなんだ。


だから俺は煙草を
止めた。

そういうわけだ。