「ありゃま。時間過ぎちゃった。柳田さん、病室まで送りますね」
車椅子を押し、病室に戻る間も理沙は取り止めの無い事を話し続けた。

「それじゃ、また来週来ますね、柳田さん」

「ん」
柳田が微笑みながら、そう言ったのを理沙は聞き逃さなかった。
しかも柳田は膝のあたりに置いた手を小さく振っていた。

スタッフルームに戻った理沙の元に先輩STが心配そうに歩みよる。
「どうだった?」

「うーん。とりあえずは自己紹介してきました。あ、笑ってくれましたよ」

「はぁ?」

「それと手を振ってくれました」

「えぇっ?」
驚く先輩を尻目に、理沙は訓練室に向かった。
今日最後の患者、佐藤が待っている。
佐藤は8年前にパーキンソン病になった。
週に三回、欠かさず訓練に来る。
その時には、必ず奥さんも一緒だ。

「佐藤さん、こんにちは」
理沙が笑顔を見せても、佐藤は淡々とした表情を崩さない。
特に彼は不機嫌なわけではない。
パーキンソン病の特徴の一つ、仮面様顔貌と呼ばれる症状だ。
パーキンソン病は脳の黒質を中心に変化が起き、
ドーパミンの分泌バランスが崩れることによって発症する。
全身の筋肉が強張り、結果として身体の動きが鈍くなり、
表情が乏しくなってしまうのである。