目の前にタクシーがある。

なんとか間に合った。もう大丈夫だ。

だが、アキレス腱伸ばし野郎は、ここで思わぬ行動に出た。
タクシーに乗り込もうとした奴が、俺の後ろに目をやった。
「おばあちゃん、良かったら先に乗るかい?」

通りの向こうから歩いてきたおばあちゃんに、タクシーを譲ろうと言うのだ。

こいつ、ただのアキレス腱伸ばし野郎じゃない。スポーツマンシップに乗っ取ったアキレス腱伸ばし野郎だ。

俺は思わず感動し、奴の言葉をサポートしてしまった。

「そうだよばあちゃん、先に乗りなよ」
ばあちゃんはニコニコと微笑むと頭を下げた。

「すまないねぇ、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうかねぇ」

そう言うなり、ばあちゃんは右手を挙げた。
途端に、わらわらと年寄りの群れが現れた。

「じゃあみんな分散して乗って。こちらの方達が譲ってくれたからの、遠慮なく合コンに向かうぞな」


俺とアキレス腱伸ばし野郎は互いに見つめあい、しばし茫然とした。


俺の初陣は、こうして惨敗に終わった。
やはり、素人がどうにか出来るものでは無かった。

仕方ない、歩いて帰ろう。

戦線を離脱し、歩き始めた俺の携帯が鳴った。


彼女からだ!

「ほい、俺だけど。どしたん」

『今どこ?』

「まだ駅前。残業になってさ。さっき着いたとこ」


『あと五分そこに居て』


「え?いいけど…」

五分後、俺の目の前に彼女が現れた。

「ど、どうしたの」

「明日が待ちきれなくて来ちゃった。迷惑だった?」

俺は激しく首を横に振った。
「全然っ!」

全く迷惑なんかじゃない。
一時間の道のりも、二人ならあっという間だ。


つないだ手の温もりを感じながら歩き出す。

俺はアキレス腱伸ばし野郎に小さく手を振った。
奴がニヤリと笑うのが見えた。