「あの、幸田さんの絵ですよね、あれ。」

私がその名前を出した途端、婆さんの態度が変わった。

「…あんた、幸田さんを知ってるのかね。
珍しいことだ」
そう悪口を言いながらも、目が違う。
優しい目になっている。

「はぁ、私、幸田さんの描いた富士山を見るのが
大好きでして。ここの富士山は中でも一番の出来だと
思うのです」

婆さんは、ますます笑顔になっていく。
さぞかし若い頃は可愛い女性だったのだろう。

「ところがですね、一つだけ不思議なことがある。
山の七合目辺りに人間が描いてあるんですよ。
御存知でしたか?」

婆さんは懐から煙草を取り出した。
ノミで刻んだような唇に一本咥えるとマッチで火をつけた。
ふー、っと一筋の煙を吐き出す。

「あれに気付くとは、いよいよ気にいったねぇ。
よかろ、教えてあげるよ」



五へ