寛永寺に到着した十兵衛達を待っていたのは、異様なほどの静けさであった。
静まり返った境内に十兵衛達の足音だけが響く。

「気をつけろ、太郎丸。そこいら中に妖しのものの気配が満ちておる」
十兵衛の言葉を裏付けるように、韋駄天が低く唸り続けている。
その気配が一段と濃厚になったかと見る間に、五重塔の最上階に人が現れた。
天海と布袋である。

「来たか、十兵衛。待ちかねたぞ」
天海の傍らには紫近が居る。
魂を抜かれたかのように、ただぼんやりと立ち尽くしている。

「貴様ら、紫近に何をしたっ!」

「案ずるな。まだ何もしておらぬわ。
それよりも、毘沙門天を倒したそうだな…
やはり殺してしまうには惜しい素材だ。十兵衛、一人で
上がって来い。そうすればこの紫近、返してやっても良い。
ここから布袋の風に乗せて下ろしてやろう」

「十さん、罠だよ、行っちゃ駄目だ」
すがりつくような目で訴える太郎丸に十兵衛は言った。

「罠ならば破るのみ。いいか、太郎丸。紫近が降りてきたら
おそらく、その辺りに潜む妖しのもの共が一斉に襲ってくる。
守れるか?」

太郎丸から迷いが消えた。
「もちろん。おいらと韋駄天が、必ず紫近のお姉ちゃんを
守ってみせる」

「ならば安心して闘える」

十兵衛は天海に向け、大声を放った。
「了解した。紫近を下ろせ!それと、又佐はどこだ!
一緒に離してもらおうか」

「逸るな、十兵衛。又佐もここにおる。が、おぬしが
ここに来る為の人質よ。ここまで上がってきたら
離して進ぜる」

「よかろう。いざ、参る」
十兵衛は五重塔に一歩踏み入れた。


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