朝からまた、祖母は徘徊しているという。
どうせ、近くの公園だろうが、放っておくわけにはいかない。
近所の目が煩わしい。
母に文句を言われる前に知佳は表に出た。

(しまった)
隣の市川さんが居る。
「あら、知佳ちゃんおはよ」

引きつりそうな顔を無理矢理笑顔に持っていきながら、知佳は挨拶を返した。
「おはようございます」

市川さん家の克子さんは、知佳が朝から会いたくない人
ベスト3にランクインする存在だ。
ランクインした理由の一番手である不躾な笑顔を見せながら、
克子は更に話しかけてくる。
「ああら。またお婆ちゃんお散歩なの」

認知症からくる徘徊と知っていながら、そう訊いてくる。
知佳は、取って置きの笑顔を貼り付け直して答えた。
「ええ、そうなんです。朝ご飯の後に軽く運動をしておくと良いらしいですよ。
うち、三度三度きちんとご飯食べてますから」

市川家のご主人が毎朝、駅の立ち食い蕎麦屋で朝飯を
調達していることを町内で知らぬ者はない。

「それじゃ、ご機嫌よう」
憮然とした表情の克子を見て、内心でガッツポーズを取りながら
知佳は上品に会釈をして通り過ぎた。