微かに声が聞こえた気がして、久雄は通りの向こう側を見た。

薄汚れた犬がいる。

よたよたと歩き出した。

「…シロ?シロか?!」
その犬は久雄の声に反応し、顔を上げた。

やはりシロだった。
久雄は、大声で家族を呼ぶと、シロに向かって走り出した。

「シロッ!おまえ、よく帰って」

言葉が詰まった。

シロは拾われた頃のように痩せこけていた。
その目は、白く濁っていた。
ほとんど見えないのだろう。
足も体も泥と血にまみれている。
臭いと音だけを頼りに歩いて来たに違いなかった。

久雄の臭いが判ったのか、シロは嬉しそうに尻尾を振ると、ぺこりと頭を下げた。

まるで、申し訳ないが、もう一度飼ってもらえますかとでも言うように。
辺りをはばからず、久雄は号泣した。
いつの間にか、後ろに来ていた家族が全員泣いていた。

シロは暖かな寝床で、ゆっくりと目を閉じた。

三日後、見守る家族全員の手を舐め、シロは静かに息を引き取った。

久雄はボロボロになったシロの首輪を塀にかけた。

帰宅して塀を見る。

きょとんとした顔を塀の上から覗かせ、久雄を待っていたシロはもういない。

けれども必ず、久雄は首輪に向かって「ただいま」

と声をかけるのだった。