佐枝子は、雪の中をおぼつかない足取りで駅に向かった。
旅に出るわけではない。
駅前にあるマンションが目的地であった。
既に肉体も精神も朽ち果てる寸前であり、立っているのがやっとの状態だ。
佐枝子を動かしているのは、過去への想いである。

それは、三ヶ月前に遡る。
公園に枯葉の絨毯が敷き詰められる頃であった。
いつものように佐枝子はベンチに座り、薄汚れたコートのポケットから、
二本目のミニボトルを取り出した。
キャップを開け、一気に咽喉に流し込む。
流し込んだウィスキーは、胃の奥で燃え盛る炎の塊になった。
味わうつもりはない。
彼女にとって、酒と薬は一切の苦しみから逃れる為の切符でしかない。
もう何十年も、緩やかな自殺が続いている。

「ママ、あのお婆さん、どうしたのかな」
無邪気な声の主を佐枝子は苦々しげに睨みつけた。
滑り台で遊んでいた少女が母親に訊いている。
「だめよ、見ちゃ」
早々に立ち去る母娘を乾いた笑い声で見送る。
佐枝子はまだ38歳になったばかりだが、
乾ききった皺だらけの肌は、どう見ても70代の女性だ。
切れ目の無いアルコールと薬物の摂取は、僅か五年で、
彼女の風貌を急激に衰えさせた。

お婆さん、か

自らを嘲り、尚も笑おうとした佐枝子の視線が公園の入り口に据えられ、
動かなくなった。

「ま…さか」
芝生を走り回る少女がいる。
愛しげに見守るのは若い母親だ。
持っているカバンに見覚えがあった。
帆布のトートバッグに、ウサギの親子のアップリケが縫い付けられている。