「ほ。惜しい。ほれほれ、次々参るぞ、いつまで避けられるかの」

緩やかに流れてくる糸だが避けられない。あとを追いかけてくるのだ。
糸が触れるたび、海坊主の黒い体から血が流れ出し、海に溶け込む。
まるで蛸が墨を噴いた後のように海水が黒く染まっていく。
避けるうち、海坊主はこの辺りで最も深い海溝まで追い込まれてしまった。
もう逃げ場は無い。 さしもの海坊主もこの海溝に沈んだら圧潰してしまう。

「お終いじゃの。楽しかったぞ」
恵比寿が釣り竿を振り上げた。
が、下せない。

「なんじゃっ?!」
恵比寿が見上げると釣り竿は、何本もの手によって押さえつけられていた。
恵比寿の胴も、足も、その手が押さえている。
海坊主の手ではない。
真っ白なその手は、舟幽霊達のものであった。

「おぉ、舟幽霊達か…お、おまえたちよくぞ…」
海坊主が心底驚いたように言った。

恵比寿を押さえながら、舟幽霊達は震えている。
元来が臆病な者達なのだ。
だが彼らは、海を守る為に必死で闘う海坊主を見て我慢できなくなった。


七十へ