「あかん、十郎太はんっ!」
無残な姿を見るに忍びなく、ひょうすべは両手で顔を覆ってしまった。
「あれ?」
その手を外す。悲鳴も、胴が斬られる音もしないのだ。
「なにっ?!」
増長天の驚いた声が代わりに響いた。
無理もない。
先程まで十郎太が居た場所には、土埃が舞うだけだ。
十郎太は―。

空に居た。
背中に斬月を背負ったまま、何の予備動作も無く飛び上がったのである。
到底、人間が出来る動きではないのだが、十郎太は易々とやってのけた。
「くそ」
増長天は、抜き放った刃を再び鞘に入れた。
落ちてくる十郎太を迎え撃とうと腰を据える。いずれこちらを狙って落ちてくるのは間違いない。
空中で止まる以外、避けようが無い筈、増長天は薄く笑った。

十郎太は天空で海老のように反り返っている。
その姿は、まるで三日月。
月が落ちてくる。
速度を増し、増長天に向かって。

増長天が再び、刃を放った。
光が交錯し、十郎太は降り立った。
勢い余ったか、斬月が地にめり込んでいる。

「ば…かな」
増長天の肉体が、ゆっくりと左右に分かれていく。
己の血潮で溺れながら、増長天は大石に戻り息絶えた。

「これが俺の奥の手、雷撃だ」
太い笑顔を見せる十郎太に、思わず歓声をあげるひょうすべであった。
「そやけど、なんであの居合いが逸れたんやろか」
首を傾げるひょうすべに向かい、十郎太が頬を緩めながら言った。
「あれを見ろ」

十郎太が示す先には韋駄天が居た。その鋭い牙が大石の鞘に食い込んでいる。
韋駄天は、大石が刀を抜く寸前に鞘にぶら下がったのである。いわば、発射台を動かしたのだ。
それによって僅かではあるが、刃の軌道がずれた。

「よし来い、韋駄天」
をんっ
千切れんばかりに尻尾を振り、韋駄天が飛びついた。
その時だけは、少年のような瞳を輝かせる十郎太であった。