それに比べ、十郎太は、ほんのりと汗をかいているだけである。
歩みを止めず、真っ直ぐに先生の方へ向かってくる。
竜馬にちらりと一瞥をくれ、十郎太は先生の前に平伏した。
「ようやく、会え申した。拙者、柳生十郎太。
柳生十兵衛様の約束を果たしに参じました」

先生は瞠目した。
この者が、十兵衛様の言っていた『役に立つ者』であるのは明らかである。
一片の隙も見当たらないが、だからといって気が張り詰めているわけでもない。
例えればこの男、岩の上にゆったりと寝そべる虎だ。
事あれば瞬時にして牙を剥く。
それも恐ろしく長い牙だ。

「あなたが十さんの言っていた頼りになる助っ人ですね。
どうかよろしくお願いします」

頭を下げる先生の横で、竜馬が感に堪えぬように言った。
「野には凄まじき漢が居るもんじゃ。俺は坂本竜馬。
どうじゃ、十郎太とやら。おんし、これが終ったら船に
乗らんか。俺と一緒に世界を周ろう」

竜馬は夢中になって、己の貿易会社の話を始めた。
彼が言うところのカムパニィである。
「先生も一緒に行くきにな、道案内は大丈夫じゃ。
まずは英吉利を目指す。産業も文化も一流の国ぜよ」

呆れ顔で竜馬を見つめる皆に気づき、竜馬は
ばつの悪そうな顔つきになった。

「鬼退治が先じゃな」
叱られた子供のように、頭を掻く。
これから命を賭けるという局面であるにも関わらず、
一同は腹を抱えて笑った。