若者は古びた目覚まし時計を大切にしていた。
もう、目覚ましのベルは壊れて鳴らなかったが、彼が大好きだった祖父の形見なのだ。

時間は判る。
彼は、一人暮らしの御守り代わりに持って行くことにした。

カチコチと時を刻む音が、実直だった祖父の励ましに聞こえる。

若者は、綺麗に磨いて大切に大切に使っていた。

ある朝のこと。

アパートの台所で朝食を用意していると、突然目覚ましが鳴り出した。

最初は何が鳴ってるのか判らなかった。
その時計は、鳴るはずが無かったからだ。

彼は、慌てて止めに行った。

デカい音だ。

えぇと、止めるボタンは…
気が焦る。

なかなか止まらない。

これかな?

完全に壊れたのか、何度押しても止まらない。

とうとう彼は、座り込んで電池を取り外した。


ところが。

秒針は止まったのだ。
なのにベルが止まらない。


なんだこれ…

彼の腕に鳥肌が立った。




その瞬間、表通りから車が突っ込んできた。

運転を誤った車は、さっきまで彼が立っていた台所を滅茶苦茶にして止まった。

運転手の顔が目の前に見えた。

いつの間にか、目覚ましの音は止まっていた。

目覚ましが鳴らなかったら、若者も滅茶苦茶になっていた筈だ。


彼は、手の中の目覚まし時計を抱きしめた。

カチコチカチコチと優しい音が胸に伝わる。

その後、目覚ましが鳴ることは無かった。