駄目だって吾郎さん!案内人の絶叫を背中に受け、
吾郎は一直線に妻のもとへ飛んだ。
いつかやったように防犯ブザーを鳴らそうとしたが、
置いてきたらしく見当たらない。
孫娘は昨日から東京へ遊びに行っている。
袖を引っ張ろうとしたが、全く効果が無い。
そうこうしている間にも、妻は山の奥へ奥へと
足を進めている。

『むぅ、不味い。不味いぞ』
吾郎は空を見上げ、嘆いた。
雪が降ってきたのだ。

『吾郎さん、さぁ、早く天界に行かなきゃ。もう時間無いってば』

『しかし、このままじゃあ明子は死んでしまう』

『いいじゃないか。って天使が言う言葉じゃないけどさ、
そうしたら二人一緒に天界へ行けるんだよ』
なるほど、それもありか、と吾郎は一瞬納得しかけたが、
そんな自分を恥じるように大きく頭を振った。

『いや、ダメじゃ。わしゃ、こんな寂しい所で誰にも看取られずに
あいつに死んで欲しゅうは無い。
明子は家族が見守る中で、暖かい所で、幸せに死んでいかねばならん』

『じゃどうすんだよ、吾郎さん』

吾郎にも良い考えがあっての事ではない。
疲れて座り込んだ妻の周りをどうすることもできず、
うろうろと漂うことしかできない。

『明子。明子、頼む、目を覚まして家に帰ってくれ』
明子は吾郎の願いも空しく、やすらかな寝息を立て始めた。

『いかんいかん、どうしたらいいんじゃ、せめて今だけでも
元の人間に戻れんかのぉ』
絶望に身悶えしながら、吾郎は何か無いかと辺りを見回した。
その目が止まった。