朝の仕入れ時、熊は八田豆腐店の前を通る。
いつものようにはっちゃんに声をかける。
「今日も二十で頼むよ。暑くなってきたからな、冷奴が良く出るんだ」

そしていつもならここで、「あいよっ」と軽く返事が返ってくるのだが、
その日は違った。
はっちゃんは、熊が初めて見る顔で豆腐を見ている。

「…どしたん?はっちゃん」
そこで初めて熊に気付いたようだ。はっちゃんは、驚いたように顔を上げた。

「熊さんか。…すまん、今日から少し休ませてくれ」

熊は何よりもその言葉に驚いた。
熊の知る限り、両親の命日以外、はっちゃんは休んだ事が無いのだ。

「あ、あぁ構わないけど…どうかしたのかい?」

「何でも無い、何でも無いんだ、大丈夫だ。ごめんな」
マンションの建設が始まって二日目の朝のことだった。

つくね亭に取って、はっちゃんの豆腐が無い事は
この季節、かなりの痛手だ。
だが、他の豆腐に乗り換える気は起こらない。
熊は待った。

九へ