「韋駄天、戻れ」
太郎丸の声が凛として響いた。
福禄寿と寿老人が、その声の勢いに驚いて太郎丸を見た。

「な…小僧、貴様っ!」
福禄寿が驚くのも無理はない。
太郎丸が斬月を正眼に構えていたのだ。
必死の思いが太郎丸に持てる以上の力を与えていた。

「く、構えたとしても振り回すことは出来ぬであろうが」
「ほんに。今にも取り落としかねんな」
肩の上で二つの頭が互いを見合って嘲笑する。

嘲笑を無視して、太郎丸が静かな声で韋駄天に言った。
「韋駄天。こっちへ来い」
戻ってきた韋駄天に何事か話す。
その間も、太郎丸の構えはびくともしない。

「いけ、韋駄天」
韋駄天が一度だけ咆え、突っ込んでいく。
思わず顔を庇うその手をすり抜け、韋駄天は
福禄寿と寿老人の首の周りを何度も何度も廻った。

「ぐ。な、なんじゃっ」
「首をあちらへやれ、寿老っ!」
「ぬ、ぬしの方こそ離れぬか!」

出来ない。二人の首が一束にくくられてしまっている。
首に食い込んでいるのは、紫色の紐。
韋駄天が、己の首に巻かれていた紫近大夫の帯締めを
二人の首に巻き付けたのだ。

「く、くそっなめし皮か、切れぬわっ」
二人は首を引っ込める事も出来ずに慌てている。
その首を二つまとめて斬月が貫いた。

「け」
「ぐ」

短い言葉だけを残し、溶け始める福禄寿と寿老人に
太郎丸が言った。
「今のおいらは斬月を構えるのが精一杯だ。
それでも、突くことはできるのさ」

太郎丸はゆっくりと斬月を引き抜いた。
「ねぇちゃん、助かったよ…ありがとうな。」

本堂がある方に深く頭を下げる。
「又佐爺ちゃん…俺が必ず、十さんを守ってみせる」

残るは天海と布袋。
太郎丸と韋駄天は、最上階目掛けて走り出した。


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