イブは綾の膝の上から動こうとしない。
いや、正しくは動けない。
カミラと綾は学校の話をしているだけなのだ。
それでもイブは緊張で動けなかった。
表向きは綾の膝で喉を鳴らしてはいる。

「カミラちゃん、今度さ、英語教えてくれる?」

「いいよ。その代わり、綾ちゃんには
日本の事を教えてもらうから。」

「わたし、地理は弱いんだけど…」

「この町のこと。母が愛した町だから。
知っておきたいの。」

「お母さん、この町に暮らしてたの?」

「そう。それと、綾ちゃんに一つお願いがある。」

綾は何?という代わりに小首をかしげた。

「私のこと、カミラではなく、
エリーと呼んでくれる?」

「エリー?」

「うん。私、今まで一度もそうやって
呼ばれたことが無いの。
友達ができたら、そう呼んで
もらおうって決めてた。」

綾は小首をかしげたまま微笑んだ。
「いいよ。エリー。これ、友達の印にあげる。」

猫のペンダントであった。

「これ…本当にもらえるの?嬉しい。すごく…
わたし、こういう事に縁が無かったから…」

結局、カミラは2時間ほどで帰っていった。
乱蔵が買ってきたケーキを美味しそうに食べ、
終始ほがらかに笑っていた。
玄関先でブラッキーを鞄に入れ、
手を振りながら歩き去る姿は
普通の女の子そのものだった。
その胸で猫のペンダントが揺れる。

イブは犬小屋の上でそれを見送った。