長州藩はこの当時、発狂したかと思わせるぐらいの情熱を持って
国事に奔走している。
その中でも過激な一人として、来島又兵衛が知られている。
来島は、着々と京都焼き討ちの準備を進めていた。
廻りの者は驚き呆れている。
影でこそこそと悪口が飛び交う。
「以前から血気盛んな馬鹿爺ではあったが、これほどの馬鹿とは思わなんだ」

勿論、賛同する者も数多く居る。
「来島殿。私も是非、参戦させていただきたい」
次々に過激な志士達が来島の元を訪れてくる。
来島はそのたび、鷹揚に頷き、隊への参加を許した。
この時、既に来島は四十六歳である。
その歳を感じさせる事の無い生命力に満ち溢れている。

「親父殿、まるで人が違ったようだ」
訪れた人は皆、そう評して帰った。
事実、人が違っていたのだ。
皆が帰った後、一人残った部屋で来島は大切な来訪者を
待っていた。
す、と障子に影が差した。

「お待ちしており申した。ささ、どうぞ中へ」
見る者が居れば、声を荒げて問い詰めただろう。
入って来たのは明らかに外国人男性であったからだ。
銀縁の丸眼鏡に豊かな口髭が良く似合う。
仕立ての良いスーツ姿の男は、来島の前にゆったりと座った。

二十九へ